研究者を探す
宮崎 隆義
徳島大学
2024年11月25日更新
- 職名
- 名誉教授 (2020.4)
- 電話
- 研究者総覧に該当データはありませんでした。
- 電子メール
- 研究者総覧に該当データはありませんでした。
- 学歴
- 1978/3: 広島大学文学部文学科英語学英文学専攻卒業
1978/4: 広島大学大学院文学研究科博士課程前期英語学英文学専攻入学
1980/3: 広島大学大学院文学研究科博士課程前期英語学英文学専攻修了
1980/4: 広島大学大学院文学研究科博士課程後期英語学英文学専攻進学
1982/4: 広島大学大学院文学研究科博士課程後期英語学英文学専攻中途退学 - 学位
- 文学修士 (広島大学) (1980年3月)
博士(文学) (広島大学) (2007年4月) - 職歴・経歴
- 1982/5: 徳島大学教養部助手
1984/4: 徳島大学教養部講師
1985/4: 徳島大学教養部助教授
1993/4: 徳島大学総合科学部助教授
1999/4: 徳島大学総合科学部教授
2016/4: 徳島大学教養教育院教授
- 専門分野・研究分野
- 英文学 (English Literature)
2024年11月25日更新
- 専門分野・研究分野
- 英文学 (English Literature)
- 担当経験のある授業科目
- 研究者総覧に該当データはありませんでした。
- 指導経験
- 研究者総覧に該当データはありませんでした。
2024年11月25日更新
- 専門分野・研究分野
- 英文学 (English Literature)
- 研究テーマ
- トマス·ハーディ研究, トマス·ハーディと谷崎潤一郎 (トマス·ハーディ (Thomas Hardy), 時間 (time), 意識 (consciousness), 小説 (novels), 比較文学 (comparative literature), 谷崎潤一郎 (Jun'ichiro Tanizaki), 空間 (space)) (トマス·ハーディの小説における時間意識の研究
トマス·ハーディと谷崎潤一郎の比較文学研究)
- 著書
- 宮崎 隆義 :
文藝禮讃―イデアとロゴス―, --- 短編小説に見るハーディのユーモア性―語りの技法と言語感覚― ---,
大阪教育図書, 大阪, 2016年3月.- (要約)
- 本論文は,帝塚山学院大学内田能嗣名誉教授の傘寿記念として刊行された記念論文集に寄せたもの.ハーディの小説には,悲劇性にほのかなユーモアが絡められている.特に短編小説には,ドタバタ喜劇的な作品やユーモラスな作品があって,ハーディの悲劇的,悲観的,厭世的といわれる側面に疑問を持たざるを得ない感がある.ハーディの数ある作品の中でも,特にユーモラスと思われるものをいくつか取り上げ,物語論の立場から,語りの技法だけでなく言語感覚の点から論じ,ハーディの作品全体の評価についてひとつの方向性を示すべく,ハーディの短編の面白さと現代性に満ちた技巧について示唆した.
- (キーワード)
- トマス·ハーディ (Thomas Hardy) / 惑える牧師 / チャンドル婆さん / 語りの技法 / 言語の特徴
東京府のマボロシ, --- モラエスの夢 ---,
社会評論社, 東京, 2014年12月.- (要約)
- 社会評論社の企画シリーズ「ほろよいブックス」の最新刊『東京府のマボロシ』に執筆依頼されたもの.「東京」を視野に入れながら,神戸で領事をしていたモラエスが,第5回内国勧業博覧会にポルトガルの産物を出品し,当時のポルトガルの国威を見せたことを,今日のグローバリズム,都会と地方を念頭に置きながら,徳島大学総合科学部モラエス研究会の成立の経緯と活動状況を紹介したもの.
- (キーワード)
- ヴェンセスラウ・デ・モラエス / モラエス研究 / 万国博覧会 / 万国博覧会
イギリス文学のランドマーク―大榎茂行教授喜寿記念論文集―, --- 視線と語りの方法:トマス・ハーディの「羊飼いが見たもの」 ---,
大阪教育図書, 大阪, 2011年11月.- (要約)
- 本論文は,甲南女子大学名誉教授の喜寿記念として刊行された記念論文集に寄せたもの.ハーディの数ある作品の中でも,非常に技法が工夫された短編「羊飼いが見たもの」について,物語論の立場から,視線と語りの技法について論じ,この作品の評価についてひとつの方向性を示しながら,トマス・ハーディの短編の面白さと現代性に満ちた技巧について示唆した.
- (キーワード)
- トマス·ハーディ (Thomas Hardy) / 羊飼いが見たもの / 視線 / 物語の技法
英語教育への新たな挑戦―英語教師の視点から―, --- 英語教育における「物語」の活用例として―「物語」の意味付けとハーディの短篇分析例― ---,
英宝社, 東京, 2010年7月.- (要約)
- 本論文は,岡山大学小迫勝先生退職記念として刊行された記念論文集に寄せたもの.ハーディの数ある作品の中でも,皮肉に満ちた短編を収めた短編集『人生の小さな皮肉』の中の「古びた人々」について,物語論の立場から,語りの技法と物語の時間操作について論じ,この作品の評価についてひとつの方向性を示しながら,英語教育の現場で,こうした読み方を活用することができないかを示唆した.
- (キーワード)
- 英語教育 (English language teaching)
英文学の地平―テクスト・人間・文化―, --- 『貴婦人の群れ』における語りと時間の問題 ---,
音羽書房鶴見書店, 東京, 2009年11月.- (要約)
- 本論文は,広島大学植木研介先生退職記念として刊行された記念論文集に寄せたもの.ハーディの数ある作品の中でも,短編集として特異な作品である『貴婦人の群れ』について,物語論の立場から,語りの技法と物語の時間操作について論じ,この作品の評価についてひとつの方向性を示してみた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 貴婦人の群れ / 時間 / 過去 / 語り
トマス・ハーディ研究, --- 時間意識と二重性の自己 ---,
青山社, 東京, 2008年2月.- (要約)
- 本著書は,広島大学に提出した博士論文を基にしたもの.イギリス19世紀の小説家・詩人トマス・ハーディの長編小説全14作品について,時間意識と二重性の自己をテーマとして分析を行った.詩と短篇小説の分析の例を通して長編小説分析の手掛かりを示した後,ハーディの小説家としてのその進展の様子と探究していったと思われる問題について,時間の問題と,過去に囚われ支配されている作中人物たちの存在のあり方を二重性として捉え,作品ごとに分析し論考を加えたものである.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 時間 / 時間意識 / 二重性の自己 / 長編小説
トマス・ハーディ全貌, --- 「恋の霊」 有時間性と無時間性との相克 ---,
音羽書房鶴見書店, 東京, 2007年10月.- (要約)
- 本論文は,日本ハーディ協会創立50周年記念行事として刊行された記念論集に寄せたもの.ハーディの作品の中でも特異な作品について,主人公の恋の霊追求を,時間の観点から論じた.芸術家である主人公の内面意識と,彼の恋の霊追求に,時間によって変容する外面と,無時間性を有する内面と芸術追究に,その相克を分析し,この作品の評価についてひとつの方向性を示してみた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 恋の霊 / 時間 / 過去
河井迪男先生退官記念·英語英文學研究, --- 過去の呪縛-Two on a Tower 論- ---,
英宝社, 東京, 1993年7月.- (要約)
- 本論文は,他の論文では論じ切れなかった点について更に考察を加えたもの.二人の男女の,ともすれば喜劇に転じかねない恋愛劇は,二人がそれぞれの「過去」にこだわっているためである.二人が年齢の差を越えて結婚によって結び付こうと企てながらも,二人のその企ては,それぞれの「過去」によって妨げられてしまう.「過去」に縛られながら現在に生きざるを得ない人間の存在について,「時間」との関わりから考察した.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 塔上の二人 / 時間 / 過去
松元寛先生退官記念論文集·英語英文學研究, --- A Pair of Blue Eyes 論-重複する「過去」と時間の密度- ---,
英宝社, 東京, 1988年10月.- (要約)
- 本論文は,主人公Elfrideをめぐる男達との恋愛関係が,彼女にとっては「過去」の繰り返しとなっていることに着目した.人生の密度の差から生まれるひとりの男との「過去」は,図らずも次にめぐり会う男との「現在」の中に亡霊のごとく浮かび上がるのである.彼女の「現在」は「過去」と重複し,彼女を悲劇的末路へと向かわせるが,彼女と彼女をめぐる男達との時間の意識の違い,密度の差に注目し,悲劇的なるものの分析を試みた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 青い目 / 時間 / 過去
- 論文
- 佐藤 征弥, 高須賀 友里, 松浦 大樹, 高木 佳美, 富塚 昌輝, 依岡 隆児, 宮崎 隆義 :
蜂須賀茂韶の海外での功績,
徳島大学地域科学研究, Vol.10, 1-24, 2020年.- (要約)
- 蜂須賀茂韶(はちすかもちあき)は,藩政期の終わりに徳島藩の最後の藩主となり,明治維新後は外交官,実業家,政治家として活躍した人物であるが,彼のイギリス遊学時代や外交官使時代の活動については,これまで情報が乏しかった.本研究はヨーロッパの図書館のデジタルアーカイブを利用して彼に関する情報を調べ,多数の資料を発見した.茂韶はオックスフォード大学を卒業してからもしばらくイギリスに滞在し,ヴィクトリア女王や皇太子に拝謁したり,軍艦「金剛」「扶桑」「比叡」の進水式に出席したりと公的な行事に現れるようになった.パリでの公使在任中の活動については多くの資料が見つかり,多彩な活動内容が明らかになった.条約関連では,ジュネーブ条約,日仏間郵便為替条約,メートル条約に署名した.この中ではジュネーブ条約署名がよく知られているが,メートル条約も日本の社会や産業に及ぼした影響は計り知れないものがある.国際度量衡委員会の活動報告書CIPM 1885(111)から,茂韶が国際度量衡委員会や日本政府と何度もやりとりを重ねて条約加盟にこぎつけたことが明らかになった. また,デジタルアーカイブには古新聞が多く含まれているため社交界の情報も多く,茂韶夫妻が多数の催しに出席したことが分かった.夫妻は主催することにも熱心で,ベルギーのブリュッセルで開いた舞踏会や,パリでの晩餐会やコンサートや観劇は評判になった.
- (キーワード)
- 蜂須賀茂韶 / 蜂須賀随子 / メートル条約 / 扶桑 / 比叡 / 金剛 / 喜賓会 / 三宮義胤
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 115414
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050004953596683520
(徳島大学機関リポジトリ: 115414, CiNii: 1050004953596683520) 佐藤 征弥, 高木 佳美, 石川 榮作, 宮崎 隆義 :
ヴェンセスラウ・デ・モラエスの日本語会話能力, --- 会話能力の検証および会話内容からみえる人物像について ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.8, 8-26, 2018年.- (要約)
- ヴェンセスラウ・デ・モラエスは,1897年以来,日本に30年以上日本に住んでいたにもかかわらず,日本語の話す能力は良くなかったと言われている.本研究では,直接会話をした人々の記憶に基づいて,彼の日本語の話す能力を調査した.肯定や否定の言葉を除いて,彼の発話で最も頻繁に現れた言葉は「かわいそう」「気の毒」であった.ポルトガル語ではpiedadeが対応する言葉であり,彼の著作の中でも頻繁に現れ,彼を理解する上で重要なキーワードである.また 「カワイイ/カワイらしい」や「しんせつ」なども,会話によく使われた.日本語の文法に関しては,モラエスは助詞や動詞の活用形を習得していなかった.モラエスの日本語が上達しなかったのは,彼が徳島で知的な人々との付き合いを避けたためであろう.その一方で,彼はよく挨拶し,彼の近所の人たちと贈り物をしばしば交換していた.彼は日本人が心地よい隣人であることを自分の作品の中で述べており,彼もまた良い隣人であろうと努めた.彼の生活において知的で複雑な会話は必要なかったのである.
- (キーワード)
- モラエス / ピエール・ロチ / 日本語能力 / 日本語発話能力 / 可哀想
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 112466
(徳島大学機関リポジトリ: 112466) 佐藤 征弥, 安田 侑右, 的場 一将, 前髙 明典, 包 斯琴高娃, 平島 佑香, 中島 明日香, 坂田 真宏, 黒地 潤, 韓 哲浩, 遠藤 陽介, 境 泉洋, 宮崎 隆義 :
徳島公園(徳島中央公園)の造園設計について, --- 日比谷公園及びザイファースドルフ城との比較 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.2, 42-54, 2012年.- (要約)
- 徳島中央公園は明治39年(1906)に旧徳島藩主の居城跡に「徳島公園」として開設された我が国で二番目の西洋風近代公園であり,市の中心部に位置する総合公園として多くの人々に利用され親しまれてきた.徳島公園について設計の詳細に踏込んだ研究はこれまで行われてこなかったが,それは設立前後の公園の設計図や図面が残っていないことによる.演者らは明治38年(1905)の新聞紙上に徳島公園の設計図やその解説が掲載されていることを見いだし,それに基づいて徳島公園設計の意図や理念を探った. 徳島公園の設計を担当したのは,我が国初の西洋風近代公園として作られた日比谷公園の設計を担当した本多静六と弟子の本郷高徳である.徳島公園と日比谷公園の設計図の調査から,日本における初期の西洋風近代公園の特質を浮き彫りにした. また,本多は日比谷公園の設計にあたり,造園家マックス・ベルトラムによるドイツの公園の設計図集『造園設計図案』(Gärtnerisches Planzeichnen)を取り入れている.そこで,徳島公園の設計に際してもこれを参考にしている可能性があると考え,調査した結果,XXXII番の``Die Parkanlagen des Herrn Graf Brühl zu Seifersdorf bei Radeberg''と題された図が徳島公園と類似していることが分かった.この図はドイツのザクセン州ラーデベルク近くのザイファースドルフ(Seifersdorf)にある13世紀に作られたBrühl 伯爵の城である. また,林学者であった本多は,城山について「天然林として甚貴重すべきもの」とその価値を認め,「林木の伐採は道路の開鑿及び眺望を得るための他は之を避け」と述べているように,本丸跡の招魂碑と東二の丸跡の喫茶店の他に建築物は設けなかった.さらに彼は「徳島公園は公園としての資質を備ふる点に於て蓋し日本の各公園中第一位」と述べ,その理由を三つ挙げているが,いずれも城山に関係したものである.
- (キーワード)
- 徳島公園 / 徳島中央公園 / 日比谷公園 / 造園設計 / 本多静六 / 造園設計図案 / ザイファースドルフ城 / マックス・ベルトラム
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 105940
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337464853632
(徳島大学機関リポジトリ: 105940, CiNii: 1050001337464853632) 佐藤 征弥, 池幡 佳織, 浮田 健太郎, 王 艶, 大粟 美菜, 駕田 啓一郎, 加藤 潤, 木下 悠亮, 杉本 多余, 高橋 将央, 田嶋 孝裕, 原田 克哉, 福本 孝博, 藤永 真大, 藤本 彩, 光永 雅子, 渡邊 ゆいか, 境 泉洋, 宮崎 隆義 :
『阿波名所図会』における眉山の自然と景観,
徳島大学地域科学研究, Vol.1, No.0, 15-27, 2012年.- (要約)
- 『阿波名所図会』は,江戸時代後期に庶民の間で旅行ブームが興った時期に作られた阿波の名所を紹介したガイドブックである.同書巻頭の附言に「文化辛未之歳中冬」とあることから,文化8年(1811)に作成されたことが分かり,今年はちょうど200年目にあたる.本研究は『阿波名所図会』において眉山の景観や自然がどのように描かれているか分析するとともに,それ以降現在までの変化についても他の資料を基に調査した. 『阿波名所図会』において眉山が描かれた挿絵には,山中の樹木が4種類に描き分けられている.最も目立つのは,山中に生い茂っている松である.次に,松とは異なる針葉樹が多数描かれているが,これと同じ樹は同書にしばしば登場し,挿絵「舎心山太龍寺」では山中にこの樹が優占している.太龍寺の境内は現在,杉や檜の古木で覆われており,『阿波名所図会』においても杉または檜を描いていると考えられる.江戸時代に作成された別の史料『四国偏礼霊場記』や『四国遍札名所図会』との比較からも杉・檜であることが支持される.他の2種類の樹木は広葉樹であり,形態的特徴から樹種を特定することは難しいが,他の挿絵や別の史料との比較からそのうちの一つは桜であると考えられる. このような眉山の植生景観は明治期に一変する.大正5年(1916)版の『阿波名勝案内』には,明治維新後に眉山の樹木が伐採されて禿げ山となったことが記されている.その後,大正期から太平洋戦争前の間に作られた古絵葉書「徳島・新町橋」を見ると,再び眉山は木々で覆われている.樹種は判然としないが,広葉樹が主であり,松や杉・檜は目立たたない.また,同時期の別の古絵葉書「新町橋と眉山」では,山腹に白く桜並木が,筋状に延びているのが分かる. 平成16年の『徳島県環境基本計画(資料編)』には現在の眉山は,山地のアカマツ林はほとんど枯れてコナラ林に変わったと記されている.明治維新後の伐採で大きく数を減らした眉山の松は,マツ枯れによりさらにその数を減らしたのである.同資料は眉山の自然植生を,ヤブツバキ域にまとめられる照葉樹林「シイ - タブ林」に含まれる「ミミズバイ - スダジイ群集」に分類している.かつて眉山に広がっていた松林は,人間の影響下で自然植生の代償植生として成立していたものである. このように眉山の植生は,人為的影響やマツ枯れにより時代によって大きく変化してきた.現在は保安林,風致地区,鳥獣保護区に指定され,将来に残すべく保護対策がとられている.
- (キーワード)
- 阿波名所図会 / 景観 / 眉山 / 植生景観 / 徳島 (Tokushima)
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 105900
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050564287418271360
(徳島大学機関リポジトリ: 105900, CiNii: 1050564287418271360) 宮崎 隆義 :
「共感の通路」を求めて, --- 『塔上のふたり』に見られる時間のトリック ---,
日本ハーディ協会会報 ハーディ研究, No.32, 1-14, 2006年.- (要約)
- 本論文は,ハーディの小説の中で,ややもすると評価の低い『塔上のふたり』について,時間の観点からの分析を試みた.宇宙的な時間を背景としつつ,身分あるコンスタンタイン夫人が,夫との「共感の通路」を見い出せぬままに,10歳年下のスイジンに心を寄せ,結ばれようとする様を,物語の流れの中に仕組まれた皮肉な時間のトリックに着目して論じた.ふたりの年齢差に見られる時間の断層や,ふたりの現在の中に潜んでいる「過去」に,ふたりが「共感の通路」を見出して結ばれようと考えながらも,常に挫かれてしまう様は,評価が低い作品でありながら,他のハーディの作品を読み解く上で大きな意味があるとした.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 塔上のふたり / 時間 / トリック / 時間意識 / 共感の通路
The Mayor of Casterbridge における二重性の自己,
英語英文學研究, Vol.42, 33-44, 1998年.- (要約)
- 本論文は,HardyのThe Mayor of Casterbridgeについて,厭うべき過去を振り捨て新たに生まれ変わって町長にまで栄達した主人公の凋落の過程には,常に現在の自分に過去の自分の姿が重なり合うことによって,他者との関係に自己分裂を引き起こさざるを得ないことが関わっているのではないかと考察した.二つの自分の姿によって他者との関係が生まれ,同時に他者との関係が瓦解してゆくことによって,主人公は人間存在というものの孤独な姿を凝視し,Hardyはそれを冷徹に描き出しているのではないかと論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / カスタブリッジの町長 / 時間 / 空間 / 二重性 / 過去 / 現在
創作の起源としての『非常手段』,
日本ハーディ協会会報, No.23, 26-38, 1997年.- (要約)
- 本論文は,Hardyの小説家としての事実上の出発点に当たる『非常手段』(Desperate Remedies)について,Darwinismの観点からその構成上の問題を考察した.推理小説もしくは扇情小説の体裁を取りながらも,実質的に後のHardyの諸作品に見られる創作法をこの作品において模索しているのではないかと考えた.同時にその創作法が,Hardyの時間意識の問題に基づくものであって,彼が眼目とする人間心理の「進展」(evolution)とも密接に関係しているのではないかと論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 非常手段 / ダーウィニズム / 進展 / 時間意識
A Laodicean: 開かれた時空間と謎めいた性格の造形,
英語英文學研究, Vol.37, 38-48, 1993年.- (要約)
- 本論文では,A Laodicean(『微温の人』)というこの作品に見られる,表面上の今日的な問題である新旧の交替劇を時間と空間の観点から眺めつつ,その背後にある主人公Paulaの「微温の人」ぶり,そして彼女の「生温さ」によって示され明らかにされる人間の本質の今日的な問題を検討し考察した.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 熱のない人 / 時間 / 空間
The Imagery of Closed Space in The Well-Beloved,
The Bulletin of the Thomas Hardy Society of Japan, No.17, 22-33, 1991.- (要約)
- 本論文は,主人公Pierstonの,40年にわたる20歳の頃の恋人Aviceの幻を追っての特異な恋愛についてその本質を探ろうとしたものである.その本質が,特に,彼が恋の霊の幻に気づいて求愛へと向かってゆく過程に見られる閉ざされた空間のイメージと密接な関係が見られる.このイメージを手がかりとしてPierstonの恋愛感情を分析するとともに,40年という時間の関わりから精神と肉体の問題についても考察を加え,英文で論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 恋の霊 / 閉ざされた空間 / 楽園 / 時間意識 / 空間 / 時間
The Return of the Native における郷愁と帰郷について, --- 楽園願望と時間意識の観点から ---,
日本ハーディ協会会報, No.15, 54-68, 1989年.- (要約)
- 本論文は,主人公Clym Yeobrightの帰郷後の夢が,理想主義よりもむしろ都会での疎外感と彼との一体的現実世界への希求に基づいているのではないかということに着目した.故郷Egdonでの時間意識と,彼の進みすぎた時代の時間意識とのずれが,Eustaciaとの恋愛と結婚,母との関係によって大きく拡大され,やがて3人とも悲劇的末路へと向かってゆく.その過程を二つの観点から分析してみた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 帰郷 / 郷愁 / 楽園 / 時間意識
- MISC
- 宮崎 隆義 :
モラエスが見た「鳴門の渦潮」, --- 風景論の観点から ---,
「鳴門の渦潮」世界遺産登録学術調査報告書, No.0, 255-280, 2017年.- (要約)
- ポルトガル人ヴェンセスラウ・デ・モラエスは,徳島で16年間過ごして没したが,その間に「鳴門の渦潮」を2回見ている.本論文は,モラエスの見た「鳴門の渦潮」を風景論の観点から眺め,モラエスが,「鳴門の渦潮」を含む鳴門海峡の風景を日本的な風景として捉えていることを,風景論の流れを追いつつ傍証した.
- (キーワード)
- モラエス / モラエス研究 / 徳島 / 風景 / 鳴門の渦潮 / 世界文化遺産
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 113903
(徳島大学機関リポジトリ: 113903) 宮崎 隆義, 石川 榮作, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
モラエスの庭, --- (6)モラエスの目:徳島の風景 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.6, No.0, 18-25, 2016年.- (要約)
- This paper is part of the results from the social action activities financed by the Faculty of Integrated Arts and Sciences, and Tokushima University, 2015. The activities are mainly focused on the reevaluation by public lectures and other exhibitions of Wenceslau de Moraes 1854-1929, a Portugal naval officer and consul general who lived and died in Tokushima. This is also part of the outcomes of the Project Studies by Moraes's Studies Group launched on July 31, 2010.The members of Moraes's Studies Group, T. Miyazaki (English Literature, Comparative Literature), E. Ishikawa (German Literature, Comparative Literature), M. Satoh (Plant Physiology), M. Sakai (Clinical Psychology), all at the Institute of Socio-Arts and Sciences, Tokushima University, have been continuing to try to analyze Moraes's works and to approach new facets of Moraes's biographical aspects. Moraes was fascinated by the far-east Japan and fell in love with Ó-Yoné, who died soon after the marriage. After her death, Moraes decided to live in Tokushima, which was Ó-Yoné's hometown. He lived with Ko-Haru, Ó-Yoné's niece, for a while until she died from tuberculosis at the age of 21. His life until his death in Tokushima was a kind of a hermit, disregard of his fame as Consul General and Navy high-rank Officer of Portugal, and other financial merits entailed with them. Moraes published O ‟Bon-odori„ em Tokushima in 1916 after Ó-Yoné died, and Ó-Yoné é Ko-haru afterwards. In both works Moraes depicted Tokushima landscape and everyday things in general which his eyes caught through his keen sensitivity. He worshipped Japan's unique beautiful landscape, but he was disappointed at the rapidly westernized aspects of large cities like Kobe, Osaka and Tokyo. He had been, in a sense, allured and attracted by the old and beautiful landscape through the writings by his foregoing visitors to Japan. His choice of Tokushima as his residence for his remaining days might be considered to search for the old and traditional beautiful aspects of Japan that seemed to him to be remaining in a local city like Tokushima far away from the large cities. Moraes's sense of beauty through his eyes to Tokushima landscape may lead us Japanese to consider our identity in this now globalized society.
- (キーワード)
- モラエス / 徳島の盆踊り / 徳島の風景 / モラエス研究 / 風景論
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 110015
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050845762395175680
(徳島大学機関リポジトリ: 110015, CiNii: 1050845762395175680) 宮崎 隆義 :
ハーディのユーモア感覚―「羊飼いが見たもの」に見られるユーモア―,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.24, 23-38, 2016年.- (要約)
- `What the Shepherd Saw' (1881) in A Changed Man, The Waiting Supper and Other Tales (1913) by Thomas Hardy (1840-1928) is kind of a Christmas story like Charles Dickens's well-known Christmas stories. This story is certainly a weird one about a scary murder committed and witnessed on some part of Wessex downs. With well-constructed structure and calculated foreshadowing, this story is an excellent one in terms of narrative techniques. Furthermore, this story contains some kind of humour in the tense scenes. Hardy is still now regarded rather fixedly as a writer of tragic and pessimistic novels, stories and poems. This conventional image of Hardy is put in doubt if we read this story carefully. Hardy started writing novels with an acute critical eye on the society of class consciousness and on Christian religion; therefore, his works are in a sense full of satirical and ironical treatment of the then society and its system, and the religious state of mind of the people at that time. One of his earliest novels, however, Under the Greenwood Tree (1872), whose title is from the song in the Wood of Arden in Shakespeare's comedy As You Like It (1599), is a pastoral novel with some tint of pathos and humour. Hardy was as an ambitious writer with a keen consciousness of narrative techniques and seems to have tried every mode of narratives including humour, which element is as it were an undercurrent even in the most tragic novels like Tess of the d'Urbervilles (1891) and Jude the Obscure (1896). Focusing on Hardy's sense of humour might lead us to be aware of the hidden quality of humour in his novels and stories, and would contribute to a reevaluation of his writings in general. In this paper, `What the Shepherd Saw' is discussed and analyzed from the point of Hardy's sense of humour and narrative techniques with the attention to linguistic characteristics in the story.
- (キーワード)
- 羊飼いが見たもの / 短編小説 / 物語の技法 / 心理描写 / ユーモア
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 109990
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050282812441748352
(徳島大学機関リポジトリ: 109990, CiNii: 1050282812441748352) 宮崎 隆義 :
モラエスと小説『孤愁〈サウダーデ〉』, --- 新たなモラエス像の可能性 ---,
徳島大学大学開放実践センター紀要, Vol.25, No.0, 29-41, 2016年.- (要約)
- ポルトガル人ヴェンセスラウ・デ・モラエスは,徳島で16年間過ごして没した.徳島の土地と人々を慈愛に満ちた目で描いた『徳島の盆踊り』や『おヨネとコハル』は,100年前の徳島の姿を祖国ポルトガルに伝えている.そのモラエスについては,2012年に藤原正彦が父新田次郎の遺作を書き継いで小説『孤愁〈サウダーデ〉』を完成した.モラエスを知るには格好の評伝小説であるが,モラエスの実像と虚像との隔たりには留意しておかなくてはならない.だが,この小説によってモラエスの新たな側面が開ける可能性がある.本論では,親子2代,ふたりによって書かれた類まれな小説に見られる特徴と,その小説が開く新たな可能性を検証しておきたい.
- (キーワード)
- モラエス / モラエス研究 / 徳島 / グローバリズム / 異文化理解 / 小説 / 孤愁
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 112216
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050282812726471296
(徳島大学機関リポジトリ: 112216, CiNii: 1050282812726471296) 宮崎 隆義, 石川 榮作, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
モラエスの庭, --- (5) モラエスの著作の位置づけと第五回内国勧業博覧会 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.5, No.0, 33-41, 2015年.- (要約)
- This paper and report is based on the oral presentation delivered on 29th, November 2014, as part of Symposium `Moraes in Kobe and Tokushima' held at the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Tokushima University, in Tokushima. This is also part of the outcomes of the Project Studies by the activities in 2014 of Moraes's Studies Group launched on July 31, 2010. The members of Moraes's Studies Group, T. Miyazaki (English Literature, Comparative Literature), E. Ishikawa (German Literature, Comparative Literature), M. Satoh (Plant Physiology), M. Sakai (Clinical Psychology), all at the Institute of Socio-Arts and Sciences, Tokushima University, have been continuing to try to analyze Moraes's works and to explore new facets of Moraes's biographical facts. Moraes was fascinated by the far-east Japan and fell in love with Ó-Yoné, who died young at the age of 39 in Kobe. After her death, Moraes decided to leave Kobe and live in Tokushima, which was Ó-Yoné's hometown. He lived with Ko-Haru, Ó-Yoné's niece, for a while until she died from tuberculosis at the age of 21. He led his life until his death in Tokushima for 16 years as a kind of hermit, neglecting his fame as the Consul General and Navy high-rank Officer of Portugal, and other financial merits entailed with the post. Though Moraes is often regarded as a kind of hermit in Tokushima, we should pay more attention to and reevaluate his aspect of a diplomat and consul in Kobe days before coming to Tokushima. He was a very able diplomat and consul, and once actively involved with the 5th National Industrial Exhibition held in 1903. In Tokushima he wrote and published O Bon-odori em Tokushima and afterwards Ó-Yoné e Ko-haru. These works might be regarded as based on the forms of diary and essay, seemingly as reports from Tokushima to Bento Carqueja, editor of Comércio do Porto (Porto Commercial Newspaper) in Portugal. Concerning these works as such there seems to be an undercurrent of the image of garden, or paradise, which is strongly connected with the Exhibition he was concerned. In this paper, a tentative reevaluation of his works in Tokushima and the undercurrent of the image of garden related with the 5th National Industrial Exhibition he was involved with in Kobe days.
- (キーワード)
- モラエス / 徳島の盆踊り / おヨネとコハル / モラエス研究 / ロマン主義 / 庭 / 博覧会
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 109549
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050020697877697792
(徳島大学機関リポジトリ: 109549, CiNii: 1050020697877697792) 宮崎 隆義 :
ハーディのユーモア : 「惑える牧師」の言語表現(2),
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.23, 1-15, 2015年.- (要約)
- This paper is the sequel to the former one, ``Hardy's Humour Linguistic Characteristics in `The Distracted Preacher'(1) .'' `The Distracted Preacher' (1879) in Wessex Tales (1888) by Thomas Hardy (1840-1928) is quite an interesting `long short story' in terms of humour and narrative techniques. This story was welcomed as `capital trifle, light and amusing' and `irresistibly comic' when published. Hardy is still now regarded rather fixedly as a writer of tragic and pessimistic novels, stories and poems. This conventional image of Hardy is at once blown away if we read this comical story. Hardy started writing novels with an acute critical eye on the society of class consciousness, and, therefore, his works are in a sense full of satirical and ironical treatment of the then society and its system. One of his earliest novels, however, Under the Greenwood Tree (1872), whose title is from the song in the Wood of Arden in Shakespeare's comedy As You Like It (1599), is a pastoral novel with tint of pathos and humour. Hardy was as an ambitious writer with keen consciousness of narrative techniques and seems to have tried every mode of narrative including humour, which element is as it were an undercurrent even in tragic novels like Tess of the d'Urbervilles (1891) and Jude the Obscure (1896). Focusing on Hardy's humour might have the possibility of changing the quality of his novels and stories, and would contribute to a reevaluation of his writings in general. In this paper, `The Distracted Preacher' is discussed and analyzed from the point of humour and narrative technique with the attention to linguistic characteristics in the story.
- (キーワード)
- 惑える牧師 / 短編小説 / 物語の技法 / 心理描写 / ユーモア
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 109536
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050282812441665280
(徳島大学機関リポジトリ: 109536, CiNii: 1050282812441665280) 宮崎 隆義 :
モラエスの「徳島」, --- グローバリズム考 ---,
徳島大学大学開放実践センター紀要, Vol.24, No.0, 31-42, 2015年.- (要約)
- ポルトガル人ヴェンセスラウ・デ・モラエスは,徳島で16年間過ごして没した.徳島の土地と人々を慈愛に満ちた目で描いた『徳島の盆踊り』は,100年前の徳島の姿を祖国ポルトガルに伝えている.異邦人としてモラエスが徳島をいかに眺めていたか,それを知ることがグローバリズムを迎えている現代において,我々に対し,異邦人の立場を理解する上で示唆するものを多く含んでいる.
- (キーワード)
- モラエス / モラエス研究 / 徳島 / グローバリズム / 異文化理解
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 112210
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337749759232
(徳島大学機関リポジトリ: 112210, CiNii: 1050001337749759232) 宮崎 隆義, 石川 榮作, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
モラエスの庭, --- (4)生へのまなざし,死へのまなざし ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.4, No.0, 53-63, 2014年.- (要約)
- This paper is an essay on Moraes's O Bon-odori em Tokushima and Ó-Yoné e Ko-haru, part of the outcomes of the Project Studies by the activities in 2013 of Moraes's Studies Group launched in July 31, 2010. The members of Moraes's Studies Group, T. Miyazaki (English Literature, Comparative Literature), E. Ishikawa (German Literature, Comparative Literature), M. Satoh (Plant Physiology), M. Sakai (Clinical Psychology), all at the Institute of Socio-Arts and Sciences, The University of Tokushima, have been continuing to try to analyze Moraes's works and to approach new facets of Moraes's biographical aspects. Moraes was fascinated by the far-east Japan, and fell in love with Ó-Yoné, who died soon after the marriage. After her death Moraes decided to live in Tokushima, which was Ó-Yoné's hometown. He lived with Ko-Haru, Ó-Yoné's niece, for a while until she died from tuberculosis at the age of 21. His life until his death in Tokushima was a kind of hermit, disregard of his fame as Consul General and Navy high-rank Officer of Portugal, and other financial merits entailed with them. Moraes published O Bon-odori em Tokushima in 1916 after Ó-Yoné died, and Ó-Yoné e Ko-haru afterwards. This work might be regarded as based on the forms of diary and essay, seemingly as reports from Tokushima to Bento Carqueja, editor of Comércio do Porto (Porto Commercial Newspaper) in Portugal. He consistently wrote these installment reports from Tokushima in the eyes of a stranger, putting some distance between him and the people in there. Everything seen in the eyes of Moraes wore some beautiful visional aspect because of his memory of Ó-Yoné. He expressed his thoughts on life and death throughout O Bon-odori em Tokushima and Ó-Yoné e Ko-haru with fragmentary memories of his own as objective correlatives for the readers of his writings. This paper is based on the presentation in the Symposium at the 49th Annual Conference of Japan Comparative Literature Association Kansai Branch held at the Faculty of Integrated Arts and Sciences, here in Tokushima.
- (キーワード)
- モラエス / 日記文学 / 随筆文学 / モラエス研究 / 徳島 (Tokushima) / 生へのまなざし / 死へのまなざし
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 106426
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050845762395064832
(徳島大学機関リポジトリ: 106426, CiNii: 1050845762395064832) 宮崎 隆義 :
ハーディのユーモア : 「惑える牧師」の言語表現(1),
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.22, 1-17, 2014年.- (要約)
- `The Distracted Preacher' (1879) in Wessex Tales (1888) by Thomas Hardy (1840-1928) is quite an interesting `long short story' in terms of humour and narrative techniques. This story was received as `capital trifle, light and amusing' and `irresistibly comic' when published. Hardy is still now regarded rather fixedly as a writer of tragic and pessimistic novels, stories and poems. This conventional image of Hardy is at once blown away if we read this comical story. Hardy started writing novels with an acute critical eye on the society of class-consciousness, and therefore his works are in a sense full of satirical and ironical treatment of the then society and its system. One of his earliest novels, however, Under the Greenwood Tree (1872), whose title is from the song in the Wood of Arden in Shakespeare's comedy As You Like It (1599), is a pastoral novel with a tint of pathos and humour. Hardy was an ambitious writer with keen consciousness of narrative techniques and seems to have tried every mode of narrative including humour, which element is as it were an undercurrent even in tragic novels like Tess of the d'Urbervilles (1891) and Jude the Obscure (1896).13; Focusing on Hardy's humour might have the possibility of changing the quality of his novels and stories, and would contribute to reevaluation of his writings in general. In this paper `The Distracted Preacher' is discussed and analyzed from the point of humour and narrative technique with the attention to linguistic characteristics in the story.
- (キーワード)
- 惑える牧師 / 短編小説 / 物語の技法 / 心理描写 / ユーモア
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 106384
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050845762395054464
(徳島大学機関リポジトリ: 106384, CiNii: 1050845762395054464) 佐藤 征弥, 岡村 多希子, 境 泉洋, 石川 榮作, 宮崎 隆義 :
ポルトガルの大衆紙"CIVILIZAÇÃO''が1930年1月号で伝えたモラエスの墓, 告別式,彼の部屋に関する記事について,
徳島大学地域科学研究, Vol.4, 68-79, 2014年.- (要約)
- 1929年7月1にヴェンセスラウ・デ・モラエスが亡くなってからおよそ半年後,ポルトガルの月刊大衆誌``CIVILIZAÇÃO'' が彼の墓,葬儀,部屋の様子を紹介する記事を1930年1月号に掲載した.この記事は,日本ではこれまで紹介されたことはない.短い記事ではあるが,ポルトガルの大衆雑誌が彼の死をどのように伝えているか分かる興味深い資料である.さらに,この記事に掲載されている7枚の写真は,日本の資料では見ることのなかったものや,より鮮明に映っているものが含まれており,モラエスの生活を窺い知ることのできる貴重な資料である.本論文は,記事の文章や写真から読み取れる情報を整理し,モラエスに関する新たな知見を紹介した.また,今後明らかにすべき点についても述べた.
- (キーワード)
- ヴェンセスラウ・デ・モラエス / CIVILIZAÇÃO
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 106428
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337464933632
(徳島大学機関リポジトリ: 106428, CiNii: 1050001337464933632) 宮崎 隆義, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
モラエスの庭, --- (3)異邦人のまなざし ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.3, No.0, 143-150, 2013年.- (要約)
- This paper is an essay on Moraes's O Bon-odori em Tokushima, part of the outcomes of the Project Studies by the activities in 2012 of Moraes's Studies Group launched in July 31, 2010. The members of Moraes's Studies Group, T. Miyazaki (English Literature), M. Satoh (Plant Physiology), M. Sakai (Clinical Psychology), all at the Institute of Socio-Arts and Sciences, The University of Tokushima, have been continuing to try to analyze Moraes's works and to approach a new facet of Moraes's biographical aspects. Moraes was fascinated by the far-east Japan, and fell in love with Ó-Yoné, who died soon after the marriage. After her death Moraes decided to live in Tokushima, which was Ó-Yoné's hometown. He lived with Ko-Haru, Ó-Yoné's niece, for a while until she died from tuberculosis at the age of 23. His life until his death in Tokushima was a kind of hermit, disregard of his fame as Consul General and Navy high-rank Officer of Portugal, and other financial merits entailed with them. Moraes published O Bon-odori em Tokushima in 1916 after O-Yoné died. This work might be regarded as based on the forms of diary and essay, seemingly as reports from Tokushima to Bento Carqueja, editor of Comércio do Porto (Porto Commercial Newspaper) in Portugal. He consistently wrote these installment reports from Tokushima in the eyes of a stranger, putting some distance between him and the people in there. Everything seen in the eyes of Moraes wore some beautiful visional aspect because of his memory of Ó-Yoné. He expressed his distress at the attitudes of Tokushima people at some sections in this book; that is, he was seen as a`ke-tojin,'an alien. This discrepancy and distancing from the people among whom he lived as a hermit, he seemed to see the deep gap between him and the people he loved, leading to the pathetic outcry at the final part of his letters to Bento Carqueja, the editor. This tentative paper intends to open a new perspective in a rather fixed image of Moraes and studies about him.
- (キーワード)
- モラエス / 日記文学 / 随筆文学 / モラエス研究 / 徳島 (Tokushima)
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 106422
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050282812441642624
(徳島大学機関リポジトリ: 106422, CiNii: 1050282812441642624) 宮崎 隆義 :
`A Changed Man'の語り手と物語の技巧,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.21, 23-36, 2013年.- (要約)
- `A Changed Man' (1913) by Thomas Hardy (1840-1928) is an interesting short story in terms of narrative techniques. A supposed omniscient narrator who illogically avoids the responsibility of telling the whole truth throughout the story by asserting that `the man in the oriel' solely gives all the facts tells this story. As a handy-capped man who cannot go out without a wheelchair, this man gets familiarized with the episodes prevalent in the small town in a very limited way through the talk with his friends. Through the eyes of `the man in the oriel' as a point-of-view person, we readers `see' the places whereon the drama between Laura and Captain Maumbry is played. With the fragmented information given by the omniscient narrator along with `the man in the oriel' who naturally enough acquires the information about Laura and Captain Maumbry from his friends, we are supposed to get together the fragments of information and reconstruct the whole aspect of the drama. This unique method seems to approach in a sense the modernity method in the twentieth century fiction. Along with this uniqueness of narrative, the sensationalistic climax in the story leads us readers to the ambivalence of `changed' in the title `A Changed Man'; that is, `a changed man' could be `a man who has changed,' or `a man who has been changed,' or even `a man who has changed others.' This ambiguity seems to deepen and widen the construing of this story. These techniques may be anticipating some aspect of the modernity novel in the 20th century. In this paper some aspects of modernity in `A Changed Man' are discussed in relation with the narrative techniques.
- (キーワード)
- 変わり果てた男 / 短編小説 / 物語の技法 / 心理描写
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 106214
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337464895872
(徳島大学機関リポジトリ: 106214, CiNii: 1050001337464895872) 佐藤 征弥, 高木 佳美, 石川 榮作, 境 泉洋, 宮崎 隆義 :
モラエスの三つの絵葉書書簡集 — 絵葉書書簡からみえるモラエスの生活圏,旅行,信仰について —,
徳島大学地域科学研究, Vol.3, 128-139, 2013年.- (要約)
- ヴェンセスラウ・デ・モラエス(Wenceslau de Moraes)は,親族や友人に頻繁に絵葉書や書簡を送った.これらのうち,ポルトガルから徳島市に寄贈されたモラエス館所蔵の609通は,1994年(平成6)には『モラエスの絵葉書書簡』として,2004年(平成16)には『モラエス絵葉書集I』~『〃 IV』として刊行された.また,ポルトガルのコレクターが集め,2004年に``Permanências e Errâncias no Japão''として刊行された420通の絵葉書集もある.本研究は,これらの中から風景絵葉書や各地の風物の絵葉書に注目し,モラエスの生活圏や旅行に関するデータをまとめ,神戸時代と徳島時代で比較した.その結果,モラエスは,神戸での外交官時代,休日に頻繁に各地に旅行に出かけていたが,徳島に移り住んでからは滅多に遠出をせず,墓参を日課とする隠遁生活を送ったことが確認できた.また,彼は頻繁に寺社に参詣に出かけており,絵葉書の文面から見て取れる日本の宗教に対する彼の本音を探ったところ,著作では触れられることのなかった神道への愛着を認めることができた. また,数少ないモラエスの写真の中に,神戸時代に撮影された彼が滝を背景にして写っている写真があり,従来それは「布引の滝」とされていた.しかし,絵葉書データを詳細に分析した結果,これは有馬の「皷ヶ瀧」(現 鼓ヶ滝)であることが判明した.
- (キーワード)
- モラエス絵葉書集 / モラエスの絵葉書書簡 / モラエス研究会 / Permanências e Errâncias no Japão / ヴェンセスラウ・デ・モラエス
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 106420
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337464931072
(徳島大学機関リポジトリ: 106420, CiNii: 1050001337464931072) 宮崎 隆義, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
モラエスの庭, --- (2)「随筆」の変質 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.2, No.0, 84-90, 2012年.- (要約)
- This paper is an essay on Moraes's Tokushima no Bon-odori, part of the outcomes of the Project Studies by the activities in 2011 of Moraes's Studies Group launched in July 31, 2010. The members of Moraes's Studies Group, T. Miyazaki (English Literature), M. Satoh (Plant Physiology), M. Sakai (Clinical Psychology), all at the Institute of Socio-Arts and Sciences, The University of Tokushima, have been continuing to try to analyze Moraes's works and to approach a new facet of Moraes's biographical aspects. Moraes was fascinated by the far-east Japan, and fell in love with Oyoné, who died soon after the marriage. After her death Moraes decided to live in Tokushima, which was Oyoné's hometown. He lived with Koharu, Oyoné's niece, for a while until she died from tuberculosis at the age of 23. His life until his death in Tokushima was a kind of hermit, disregard of his fame as Consul General and Navy high-rank Officer of Portugal, and other financial merits entailed with them. Moraes published Tokushima no Bon-odori in 1913 after Oyoné died. This work might be regarded as based on the forms of diary and essay, seemingly as reports from Tokushima to Bento Carqueja, editor of Porto Commercial Newspaper in Portugal. His interest in Kino Tsurayuki's Tosa-Nikki (Tosa Diary), which was written in the persona of a woman, seems to be the key to understand the modification in the quality of Tokushima no Bon-odori. Though this work was written as a diary and an essay in the persona of alien people to Tokushima, the tone of this work was quite changed at the final part of his letters to Bento Carqueja, the editor. This tentative paper intends to open a new perspective in a rather fixed image of Moraes and studies about him.
- (キーワード)
- モラエス / 日記文学 / 随筆文学 / モラエス研究 / 徳島 (Tokushima)
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 105945
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050282812441565696
(徳島大学機関リポジトリ: 105945, CiNii: 1050282812441565696) 佐藤 征弥, 境 泉洋, 宮崎 隆義 :
モラエスが見た蛍,
徳島大学地域科学研究, Vol.2, 55-60, 2012年.- (要約)
- ヴェンセスラウ・デ・モラエスが大正7年(1918)6月に書いた短編 ``Será Ó-Yoné... Será Ko-Haru?...'' (邦題「おヨネだろうか⋯⋯コハルだろうか⋯⋯」)は,徳島での自らの生活を描くとともに,亡くなった二人の女性おヨネとコハルを懐かしむ内容の随想である.この作品の中で,蛍狩りからの帰りと思われる子供たちが歌う「蛍こい」の歌詞が "Hotaru-ko, tané-mushi koi!"(ホタル コ タネムシ コイ!)と記されている.「タネムシ」の用例について徳島に伝わるわらべ歌や民謡を調べたところ,「タネムシ」は見つからず,「タノムシ(田の虫)」であることが分かった.さらに京都でも「田の虫」と歌われるものがあった.「タネムシ」はモラエスの聴き間違いであると考えられる.「田の虫」は最近は,使われなくなったがホタルの別称であり,ホタルの中でも止水を好み,水田,池,湿原に生息する田の代表的な昆虫の一つヘイケボタルを指す. 本作では,子供たちが歌う蛍の歌を聞いた後で,モラエスは自分の家の戸口で一頭のホタルに遭遇する.徳島市の眉山周辺には,ゲンジボタル,ヘイケボタル,オバボタル,オオマドボタルの4種が生息する.これらの習性や文献調査および古老の話を総合すると,モラエスが見た蛍はゲンジボタルであった可能性が高い.
- (キーワード)
- ヴェンセスラウ・デ・モラエス / おヨネだろうか⋯⋯コハルだろうか⋯⋯ / ホタル / わらべ歌 / 田の虫 / 眉山
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 104324
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337464839808
(徳島大学機関リポジトリ: 104324, CiNii: 1050001337464839808) 宮崎 隆義 :
`The Romantic Adventures of a Milkmaid'における語りの技巧について,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.20, 1-14, 2012年.- (要約)
- 'The Romantic Adventures of a Milkmaid' by Thomas Hardy (1840-1928) is ahighly elaborated short story in terms of romantic ideology. It is abundant in what iscalled romantic imagery implicated by the wording of the title itself. The title suggeststhat this story evolves around the complicated 'adventures' that a milkmaid, MargeryTucker, experiences with the mysterious dark gentleman of 'romance.' Margery, 'Nature'sown image' in the eyes of the Baron, gives him a refreshing impression andrelieving effect at the critical moment of his trying to commit suicide.The Baron takes Margery to a ball held at a certain manor house during the night,which is her only hope as a reward of saving his life. This experience affects Margeryas it opens her mind to the upper class. This story is somehow overlapped by thatfamous fairytale, Cinderella. Though Margery enjoys the dreamlike ball with theBaron for the whole night long, she is brought back again to her position as a milkmaid.Her mind goes through a little change by this experience; once she saw andexperienced the world of the upper class, she cannot be satisfied with her betrothed,James Hayward, a village youth.Hardy adopts a traditional story-telling technique in writing this story, as is oftenthe case with him. The assumed omniscient narrator asserts that his story is basedupon the 'the testimony' of his 'authority for the particulars of this story.' The narratorfurthermore introduces in the narrative the testimonies by Margery and James asthey are supposed to confirm the seeming truth. This technique juxtaposes in a sensethe past and the present in the narrative, which may be anticipating some aspect of themodern novel in the 20th century.In this paper romantic imagery and some aspects of modernity in 'The RomanticAdventures of a Milkmaid' are discussed in relation with the narrative technique.
- (キーワード)
- 乳搾り娘のロマンティックな冒険 / 短編小説 / 物語の技法 / 心理描写 / 現代性
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 104995
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050564287418265856
(徳島大学機関リポジトリ: 104995, CiNii: 1050564287418265856) 宮崎 隆義, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
モラエスの庭, --- (1)日記文学・随筆文学ということ ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.1, No.0, 47-56, 2012年.- (キーワード)
- モラエス / 日記文学 / 随筆文学 / モラエス研究 / 徳島 (Tokushima)
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 105903
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050845762394982400
(徳島大学機関リポジトリ: 105903, CiNii: 1050845762394982400) 宮崎 隆義 :
'Old Mrs Chundle'における善意の問題―語りの技法と心理描写―,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.19, 1-13, 2011年.- (要約)
- `Old Mrs Chundle' by Thomas Hardy(1840-1928)was posthumously published in1929. Unlike other serious novels and short stories, this short story is unexpectdly andsurprisingly very comical in some of its climaxes. This comical aspect of many ofHardy's writings is perhaps a neglected one overshadowed by his other major tragic writings.In the story the new curate happens to know Old Mrs Chundle, who is hard of hearingand on this account has neglected to go to church for long years.She tells a lie to himthat she goes regularly to church for formality's sake. The curate later discovers her lieand tries hard to make this 'wicked' Old Mrs Chundle to come to his church. His ideasof setting up 'an ear-trumpet'and afterwards`a sound tube',especially for the sake ofOld Mrs Chundle, somehow moves her to attend church.His ordeal,however,during his his sermon caused by her fidgeting just under his pulpit and her stink breathings through thesound tube, discourages him to continue his sermon.His ordeal,the 'test' for the`discernment of actions as morally good, or indifferent', appears in the eyes of thepeople in the church as `miracle' or in fact a comedy.His goodwill heretofore for OldMrs Chundle quickly dwindles and he decidedly avoids meeting her.However hersudden death and her`will' full of her goodwill for him throws upon his soul a dark shadow.In this paper some ironic aspects of goodwill on both sides are discussed in relationwith narrative technique and psychological descriptions.
- (キーワード)
- 運命と青い外套 / 短編小説 / 物語の技法 / 心理描写
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 84981
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050564287417270528
(徳島大学機関リポジトリ: 84981, CiNii: 1050564287417270528) 宮崎 隆義 :
不釣り合いな結婚の生態(8):「運命と青い外套」の場合―「共感の通路」を求めて―,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.18, 1-15, 2010年.- (要約)
- `Destiny and a Blue Cloak' (1874) was almost disregarded byThomas Hardy himself and was not included among any of his collectionsof short stories in his lifetime. This fact has tended to discourage criticsto analyze the story in its potentiality. Hardy wrote this story just beforeThe Hand of Ethelberta (1876) and he put it away as dispensable,because some points were, Hardy wrote,reproduced in The Hand ofEthelberta. Certainly enough,as R. L. Purdy points out,Old FarmerLovill seems to be a rough sketch or a prototype for Lord Mountclere.The marriage between Agatha Pollin and him can be regarded to bedeveloped into the marriage between Ethelberta and Lord Mountclere.If we see this story along the development of Hardy's career as apopular novelist at that time,he seems to have tried his hand at a certainkind of comedy,which was to be performed in The Hand of Ethelberta asits sub-title `Comedy in Chapters' shows. Comical aspects of Hardy'sworks are to be minutely discussed in other papers hereafter,but this storyseems to show vividly the delicate ballance of the`more sober' aspect andthe comical one in his story writing. This ballance might be reflected inthe title `Destiny and a Blue Cloak' itself.In the story Agatha Pollin is mistaken for a renowned beauty in thevillage,Frances Lovill,by Oswald Winwood. Through this mistake `acongenial channel' is confirmed between Agatha and Oswald who isafterwards informed of his mistake. Their attempt for marriage is to beslyly checked by Frances Lovell,who is to get married to Agatha's uncle,Humphrey,and becoming her aunt conspires to revenge herself on thembehind the scene as a kind of `femme fatale' or`destiny.Agatha's desperate attempt to build `a congenial channel' withOswald is baffled by her rival Frances,now her aunt . Ironically enoughtheir rivalry becomes an obstacle for their attempt to make `a congenialchannel' with Oswald and leads them to mismating severally; Agatha withOld Farmer Lovill,and Frances with Agatha's uncle as his second wife.In this paper`Destiny and a Blue Cloak' is analyzed from theviewpoint of the theme of hankering for `a congenial channel,' as part ofseries of studies of Thomas Hardy's short stories.
- (キーワード)
- 運命と青い外套 / 短編小説 / 共感の通路 / 物語の技法
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 75681
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050845762393880448
(徳島大学機関リポジトリ: 75681, CiNii: 1050845762393880448) 宮崎 隆義 :
不釣り合いな結婚の生態(7):「従兄弟ハードカムの話」の場合, --- 共感の通路を求めて ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.16, 1-17, 2008年.- (要約)
- 本論文は,短編集『人生の小さな皮肉』に収められている「古びた人々」の第2話「従兄弟ハードカムの話」について,時間の問題と心理の変容,そしてそれに伴う人間と人間との根源的な繋がりの変容に焦点を当てた.主人公たちが,気まぐれに婚約者を入れ替えて結婚するという状況において,男と女の繋がりのそのすり替わり,繋ぎ替わりの妙,そうしたものを時間の問題の観点から,また特に物語の技法の観点から分析し論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 従兄弟ハードカムの話 / 共感の通路
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 519
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050564287417024000
(徳島大学機関リポジトリ: 519, CiNii: 1050564287417024000) 宮崎 隆義 :
不釣り合いな結婚の生態(6):「初代ウェッセックス伯爵夫人」の場合, --- 共感の通路を求めて ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.15, 1-14, 2007年.- (要約)
- 本論文は,短編集『貴婦人の群れ』の第1話「初代ウェッセックス伯爵夫人」について,時間の問題と心理の変容,そしてそれに伴う人間と人間との根源的な繋がりの変容に焦点を当てた.主人公の娘が,幼い時に親の野心によって結婚させられた年上の男と,思春期になって知り合った若者に対する感情の相克を通して,本来の夫の元に戻るという,男と女の繋がりの,そのすり替わり,繋ぎ替わりの妙,そうしたものを時間の問題の観点から,さらに物語の技法の観点から分析し論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 初代ウェッセックス伯爵夫人 / 共感の通路
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 506
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050282812440310400
(徳島大学機関リポジトリ: 506, CiNii: 1050282812440310400) 宮崎 隆義 :
ハーディの『恋の霊』と谷崎の『痴人の愛』, --- プラトニズムの周辺 ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.14, 1-16, 2006年.- (要約)
- 本論文は,トマス・ハーディの『恋の霊』と谷崎潤一郎の『痴人の愛』について,プラトニズムの観点から対比することにより分析し,論じた.ハーディのこの作品には,プラトニズムが色濃く反映されているが,主人公の「恋の霊」探求とかつての恋人の娘,孫娘に求愛し求婚する様子と,谷崎の描いた,ナオミを理想の女に育て妻に迎えようと目論む譲治の姿には共通するものがあるとして,対比しながらイメージ,心的傾向などを詳細に分析し論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 恋の霊 / プラトニズム / 谷崎潤一郎 / 痴人の愛 / 比較対比
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 494
(徳島大学機関リポジトリ: 494) 宮崎 隆義 :
不釣り合いな結婚の生態(5):「リールのバイオリン弾き」の場合, --- 共感の通路を求めて ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.13, 1-18, 2005年.- (要約)
- 本論文は,流れのバイオリン弾きが奏でる不思議な力を持つバイオリンの音色に翻弄されるひとりの娘と,そのかつての婚約者について,時間の問題と心理の変容,そしてそれに伴う人間と人間との根源的な繋がりの変容に焦点を当てた.万国博という出来事に,新と旧の対比が鮮やかに浮かび上がらされ,科学技術の進展とその未来に浮かれる時代に,バイオリンの音色が持つ魔力で象徴される旧弊で因襲的な世界,そしてそれが巣くう人間の深層心理というものを,この作品は巧みに描き出しているが,その中で,主人公の娘が,バイオリン弾きと結ばれ子供を産みながらも捨てられ,前の婚約者の元に戻るという,男と女の繋がりの,そのすり替わり,繋ぎ替わりの妙,そして血の繋がらぬ子供に対する父親の感情の変化,そうしたものを時間の問題の観点から,分析し論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / リールのバイオリン弾き / 共感の通路
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 485
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337462708224
(徳島大学機関リポジトリ: 485, CiNii: 1050001337462708224) 宮崎 隆義 :
美の崩壊と「共感の通路」の喪失,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.12, 17-27, 2005年.- (要約)
- 本論文は,結婚を巡る3人の男女の関係に,美と老い,身分の違い,そして嫉妬に関わる呪いに着目し,時間の流れによって男と女の繋がりが変容し,もはや繋がり得なくなっていることを,外見的な美に惹かれる男女の関係性を,その美の崩壊と関係性の喪失について検討して,それぞれの思惑や思い込みから分析しつつ,普遍的なテーマである男と女の繋がり,さらには人間同士の繋がりが,いかにして形成され,また容易に崩壊してゆくものかを分析し論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 萎びた腕 / 美 / 共感の通路
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 475
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050564287416126848
(徳島大学機関リポジトリ: 475, CiNii: 1050564287416126848) 宮崎 隆義 :
不釣り合いな結婚の生態(4):「良心ゆえに」の場合, --- 共感の通路を求めて ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.11, No.0, 59-68, 2004年.- (要約)
- 本論文は,結婚の約束をしながら見捨ててしまったかつての恋人に良心の呵責を感じた男が,20年の歳月を経て結婚の約束を果たそうとする様を,時間の流れによって男と女の繋がりが変容し,もはや繋がり得なくなっていることを,それぞれの思惑や思い込みから分析しつつ,普遍的なテーマである男と女の繋がり,さらには親子の繋がりといった,人間同士の繋がりが,いかにして形成され,崩壊してゆくかを分析し論じようとした.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 良心ゆえに / 良心 / 共感の通路
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 464
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337462703360
(徳島大学機関リポジトリ: 464, CiNii: 1050001337462703360) 宮崎 隆義 :
不釣り合いな結婚の生態(3):「西部巡回裁判の途上」の場合, --- 共感の通路を求めて ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.10, No.0, 71-85, 2003年.- (要約)
- 本論文は,田舎の美しい娘との恋愛と結婚を,手紙のやり取りで実現した主人公が,その手紙が実は代筆であったということから,男と女の繋がり,さらには人間同士の繋がりが,いかにして形成され,崩壊してゆくかを分析して論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 西部巡回裁判の途上 / 手紙 / 共感の通路
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 451
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050001337462700032
(徳島大学機関リポジトリ: 451, CiNii: 1050001337462700032) 宮崎 隆義 :
不釣り合いな結婚の生態(2)「息子の拒否」の場合, --- 共感の通路を求めて ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.9, No.0, 21-35, 2002年.- (要約)
- 本論文は,身分違いの「不釣り合いな結婚」をしている女性が,自己の存在場所を求め,昔の恋人との結婚によって実現しようと思いながらも,我が子に強く拒絶される様相を,「共感の通路」を求めようとする人間存在の心的傾向を分析し論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 息子の拒否 / 不釣り合いな結婚 / 共感の通路
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 438
- (文献検索サイトへのリンク)
- ● CiNii @ 国立情報学研究所 (CRID): 1050564287416118528
(徳島大学機関リポジトリ: 438, CiNii: 1050564287416118528) 宮崎 隆義 :
不釣り合いな結婚の生態:「幻想を追う女」の場合, --- 共感の通路を求めて ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.8, 13-26, 2001年.- (要約)
- 本論文は,「不釣り合いな結婚」(mismating)を手掛かりに,気質の違う男女の組み合わせが,結婚後の精神的に不毛な生活を生み出している状況から,主人公Ellaが想像力を逞しくしつつ「共感の通路」を見出そうとする様を分析しつつ,男女の繋がり,さらには親子の繋がりまでもが繋ぎ替わり得るものではないかと論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 幻想を追う女 / 共感の通路 / 意識 / 不釣り合いな結婚
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 425
(徳島大学機関リポジトリ: 425) 宮崎 隆義 :
「手」のアイロニー, --- 『エセルバータの手』論 ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.1, 19-30, 1998年.- (要約)
- 本論文は,作品のタイトルにある「手」に着目して,Ethelberta即ちPetherwin婦人に関わる4人の男たちの求婚が表されているとともに,下層階級の出身であるEthelbertaのしたたかともいえる結婚による階級の上昇志向が表されていることを論じた.「手」を求めること,つまり求婚の意味がタイトルに込められていると同時に,策略としての「手」が,この作品のタイトルにアイロニカルに込められていることを,さらにまた作者の「語り」または「騙り」との関わりの可能性も考察した.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / エセルバータの手 / アイロニー / 手 / 階級 / 時間 / 過去 / 結婚
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 330
(徳島大学機関リポジトリ: 330) 宮崎 隆義 :
「時」と「気高き反逆者たち」, --- Jude the Obscure 論 ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.5, 33-47, 1998年.- (要約)
- 本論文は,HardyのJude the Obscureについて,その創作法が表面上初期の作品と同様の扇情小説の体裁を取りながら,不可逆的な時間の流れに沿って物語と登場人物の心理の進展がなされることに着目し,Hardyの時間に対する問題意識を考察した.主人公たち二人の生き様が過去の支配から逃れ自由になろうとする果敢な挑戦であったと同時にその敗北によって日陰的な人間の存在がヒーローになり得るのではないかと論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 日陰者ジュード / 扇情小説 / 意識 / 不釣り合いな結婚 / 時間
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 381
(徳島大学機関リポジトリ: 381) 宮崎 隆義 :
'Prevision' と 'Imagination', --- George Eliot: "The Lifted Veil" 論考 ---,
ハイペリオン, Vol.43, 13-20, 1996年.- (要約)
- 本論文は,Eliotの実験的なものと目されるこの短編について,予知能力previsionを持つ主人公の回想によって浮かび上がってくるimaginationの問題を考察した.物語構成上の無理を疑問として捉えつつ,主人公の悲惨な最期に関わる運命の女との関係によって,他者への理解というEliotの究極の問題意識が鮮明化されているのではないかと論じた.
- (キーワード)
- ジョージ エリオット / かかげられし帳
「鏡」と「洞察の力」, --- Adam Bede 論 ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.3, 1-12, 1996年.- (要約)
- 本論文は,G·EliotのAdam Bedeについて,主人公Adamの精神的成長を辿りつつ,作者Eliotが「鏡」に仮託した「洞察の力」の獲得の過程について考察しようとした.「鏡」のイメージに着目しつつ,主人公の目に映る虚像と実像の乖離の解消が精神的な試練として主人公に負わされたものであるとして位置づけ,そこに不可欠とされるものが「想像力」であるとし,主人公の「洞察の力」の獲得にとってDinahの存在が補完的な意味を持ち,作者の意図する新たな人間宗教を暗示していると論じた.
- (キーワード)
- ジョージ エリオット / アダム ビード / 鏡 / 洞察の力
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 357
(徳島大学機関リポジトリ: 357) 宮崎 隆義 :
ハーディの「鏡」, --- 'I Look Into My Glass' から ---,
ハイペリオン, Vol.42, 33-42, 1995年.- (要約)
- 本論文は,HardyのWessex Poems and Other Verses(『ウェセックス詩集』)の掉尾を飾る詩を取り上げ,そこに典型的に見られる時間の問題を,時間に左右され翻弄される人間の肉体と内面との乖離の問題として論考した.特に「鏡」に着目し,「鏡」が持つイメージや象徴を神話や他の作品,さらに他の作家の作品に見られる「鏡」のイコンを比較傍証しながら,この詩がロマン的な雰囲気を漂わせながらもHardyらしいアイロニーに満ちた詩として,人間存在の深淵を窺わせるものであると論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 鏡を覗いて
『春琴抄』と「グリーブ家のバーバラ」, --- 盲目と近接 ---,
徳島大学総合科学部言語文化研究, Vol.2, 167-179, 1995年.- (要約)
- 本論文は,谷崎潤一郎の『春琴抄』とHardyの「グリーブ家のバーバラ」について比較論考したものであり,前者の盲目のモチーフが後者の作品に見られる視覚の問題に由来するのではないかと考察した上で,視覚を閉ざすことにより可能となる,時間や事故によって変容を被り得る肉体を解脱超越した愛の相が,後者の作品やHardyの他の作品に見られる近接愛の諸相に通ずるものであることを論証しようとした.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / グリーブ家のバーバラ / 谷崎潤一郎 / 盲目 / 近接 / 時間 / 比較文学
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 351
(徳島大学機関リポジトリ: 351) 宮崎 隆義 :
Jack と Shadrach, --- 'To Please His Wife' 論考 ---,
ハイペリオン, Vol.41, 43-51, 1994年.- (要約)
- 本論文は,作品中に言及されている'Jack'という名前についてある批評家が指摘していることに疑問を呈し,有名なおとぎ話との比較からこの作品が提示している,いわゆるHardy的な男女の結婚の問題を,結婚相手の選択の過ちと,人間の内奥に潜む非理性的な衝動原理との関わりで解釈しようとした.それにより,タイトルに潜みうる普遍性についても論考した.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 妻ゆえに
大理石の彫像と変化, --- 「グリーブ家のバーバラ」 ---,
徳島大学教養部紀要(外国語·外国文学), Vol.4, 47-59, 1993年.- (要約)
- 本論文は,A Group of Noble Dames(『貴婦人の群れ』)の中で,特にHardy的な問題を多く含んでいる「グリーブ家のバーバラ」を取り上げ,ひとつの解釈を試みた.この物語には象徴的な大理石の彫像の存在に加え,怪奇で加虐的な嗜好を示す場面などが絡み合って,より複雑な問題が提起されており,この物語に対する解釈を困難にしているが,本論文では,特に観念あるいは理性と感情の対立の問題を,象徴的な存在である大理石の彫像と「変化」との関連から考察した.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / グリーブ家のバーバラ / 大理石の彫像 / 変化 / 時間 / 感情 / 観念
Two on a Tower 論, --- 「感情の歴史」と「時間」の復讐 ---,
徳島大学教養部紀要(外国語·外国文学), Vol.3, 59-73, 1992年.- (要約)
- 本論文は,Hardyがこの作品で,広大な宇宙を背景とする二人の男女の「感情の歴史」を描いて,微細な存在である人間の方が宇宙よりも大きいことを示そうとしていることに着目した.年齢という時間の差,二人にとって個別に流れる時間の密度の差が,年上の女の側に老いという形で肉体上の変化をもたらす.二人の感情はそうした時間の差,時間の流れに左右され,皮肉な結末を迎える.二人の「感情の歴史」を「時間」の観点から考察した.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 塔上の二人 / 時間 / 感情 / 歴史
閉ざされた部屋, --- George Eliot: Scenes of Clerical Life 論考 ---,
徳島大学教養部紀要(外国語·外国文学), Vol.2, 41-55, 1991年.- (要約)
- 本論文は,G. Eliotの処女作である3つの中篇を収めたScenes of Clerical Lifeについて考察を加えたもの.これら3つの中篇は,習作として見なされることが多く従って評価もそれほど高くないが,後の作品を考慮しながら眺めてみると,原型的な要素やテーマ,人物像が多く見出される.その意味ではむしろ重要な作品集といえるわけであるが,筆者は,その重要な要素のうち,「閉ざされた部屋」のイメージに着目して,3つの中篇を検討し,それぞれの作品についての新たな解釈を試みた.
- (キーワード)
- ジョージ エリオット / 牧師館物語 / 部屋 / 再評価 / 部屋 / 図像 / イメージ
窓辺の Anne Garland, --- The Trumpet-Major 再評価の試み ---,
徳島大学教養部紀要(外国語·外国文学), Vol.1, 37-51, 1990年.- (要約)
- 本論文は,作品中窓辺に座って外を眺めるAnne Garlandの姿に着目し,「窓」と彼女のその姿をキーイメージとして,従来より評価の低かったこの作品の再評価を試みたものである.当時の絵画における同様な図像との比較から眺めてみると,あらゆる点でアイロニカルな側面が浮かび上がるのである.また時間意識の面からもイメージの分析を試みた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / らっぱ隊長 / 窓 / 再評価 / 時間 / 図像 / イメージ
Under the Greenwood Tree 論, --- 時間意識の観点からの解釈の試み ---,
徳島大学教養部紀要(人文·社会科学), Vol.22, 147-161, 1987年.- (要約)
- 本論文は,Fancy Dayをめぐる3人の男達の恋愛劇に着目し,そこに見られる社会変化の様相について考察した.彼らの恋愛劇には,牧歌の世界Melstock村に押し寄せる近代化の波による騒動が重ねられているが,Fancyの結婚相手の選択は都会的なものと田舎的なものとの相克に極まる.彼女の内面にある二つの側面は,彼女の嫁入り支度の品である二つの時計に象徴的に表されている.その二つの時計に着目し,彼女をめぐる3人の男達の時間意識を検討し,新たな解釈の可能性を試みた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 緑樹の陰で / 虚栄 / 気紛れ / 衝動 / 時間 / 意識 / 時計
"The Waiting Supper" 考, --- 「時間」についての考察を中心に ---,
徳島大学教養部紀要(人文·社会科学), Vol.21, 87-97, 1986年.- (要約)
- 本論文は,日本英文学会中国·四国支部第37回大口頭発表をもとに,更に考察を深めたもの.地主の二人の対照的な若者との三角関係に,田舎と都会の相克の問題を重ねて,主人公の地主の娘の心理を分析すると同時に,30余年の長い恋愛のあり方と,結局結ばれ得ぬ地主の娘と最初の恋人との関係に, Hardyの「時間」に対する意識を探ってみた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 主を待つ晩餐 / 田舎 / 都会 / 時間
Tess of the d'Urbervilles 論, --- テスの精神的遍歴と愛の成就 ---,
徳島大学教養部紀要(人文·社会科学), Vol.20, 149-168, 1985年.- (要約)
- 本論文は,作品の深層構造を眺めることによって,社会的「過去」と個人的「過去」の二つに追いつめられて破滅に至るTessの姿が浮かび上がってくることに着目した.かつての清純な自己を失ってしまった彼女の,その自己を求めての精神的遍歴と,その自己によってのみ可能な霊的な愛の成就の物語とし見なして,Tessの心理と,彼女の求める究極的な愛の姿を考察してみた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / ダーバヴィル家のテス / 遍歴 / 過去 / 精神性
The Woodlanders 論, --- 帰郷,そして自然からの疎隔 ---,
徳島大学教養部紀要(人文·社会科学), Vol.19, 127-147, 1984年.- (要約)
- 本論文は,まず第一に,主人公Graceの帰郷に着目し,故郷を離れた人間のidentity喪失を分析した.「近代の神経」の接ぎ木によって,素朴な原初的自己を見出せぬ彼女は,誤った結婚をし,試練を受ける.その試練を経て,一時的に自然への回帰を達成するものの,観念に囚われるために,彼女には恒久的な回帰は許されないのである.再び故郷を後にする彼女の姿に,自然に対するHardyの考え方の変化と作品世界の変化をも考察してみた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 森に住む人々 / 帰郷 / 自然 / 疎隔
Far from the Madding Crowd 論, --- Bathsheba の 'vanity,' 'freak,' 'impulsiveness' をめぐって ---,
徳島大学教養部紀要(人文·社会科学), Vol.18, 145-171, 1983年.- (要約)
- 本論文は,主人公Bathshebaに見られる3つの際だった属性"vanity", "freak", "impulsiveness"に,彼女と関係を持つ3人の男達をそれぞれ対応させて分析·検討を加え,Hardyの,この作品以降の作品群で執拗に追求されている,人生の悲劇的なるものの原因の原型を捉えようとした.またその過程において,主人公が数々の試練を経て到達した境地"dignified calm", "indifference to fate"が,Hardy自身が宇宙的視野に立って究極的に求めようとしたものではなかったかと考察してみた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 遙か狂乱の群れを離れて / 虚栄 / 気紛れ / 衝動
(翻訳)無商旅人,
無商旅人, 64-75, 1982年.- (キーワード)
- チャールズ ディケンズ / 無商旅人
Jude the Obscure 論, --- 自然と病める精神と言葉 ---,
フィニックス, No.19, 17-31, 1982年.- (要約)
- 本論文は,故郷を喪失した,つまりidentityの拠り所を持たぬJudeとSueのふたりが,言葉即ち観念にidentityの拠り所を求めようとしたために,自己の中にある内的自然をも嫌悪否定しようとしたのではないかとの観点から,ふたりの精神構造を分析·検討してみた.観念にとらわれるが故に,霊と肉との激しい相克を内に抱え込んでしまうふたりの姿は,故郷を喪失し,自然から離脱し,言葉即ち観念によって,自然を内的にも外的にも否定しようとする病める精神を持つ人間の末路ではなかろうかと考察してみた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 日陰者ジュード / 自然 / 精神 / 言葉
The Mayor of Casterbridge 論, --- 虚像と実像 ---,
フィニックス, No.18, 77-89, 1981年.- (要約)
- 本論文は,作品のテーマである,人間の悲劇はその人間の性格に起因するものであるということについて,性格というものの虚像性と人間の実像ということに着目した.主人公の性格が,いかに彼を孤独な死へと追いつめてゆくかを検討した上で,一般的な悲観的運命論の立場を一歩押し進め,普遍的な性格の問題の提起の背後にある,作者Hardyの,不器用で孤独な人間達に対する擁護の思想を理解しようとした.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / カスタブリッジの町長 / 虚像 / 実像
『トマス・ハーディ研究―時間意識と二重性の自己―』を刊行して,
日本ハーディ協会ニュース, No.64, 3-4, 2008年.- (要約)
- 本エッセイは,ハーディ協会の依頼を受けて,刊行した著書について,大まかな趣旨と研究の今後の方向性を述べながら,ハーディの作品が持つ奥深さについてその魅力を述べると共に,詩人・小説家としてのハーディが,文化や言語を超えて,広く内外の後代の詩人・小説家たちに優れた影響力を及ぼしていることを綴ったものである.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 時間 / 二重性 / 自己
ハーディの魅力と影響力,
日本ハーディ協会ニュース, No.61, 4-6, 2007年.- (要約)
- 本エッセイは,ハーディ協会の依頼を受け,これまでのハーディの研究を通して,ハーディの作品が持つ奥深さについてその魅力を述べると共に,詩人・小説家としてのハーディが,文化や言語を超えて,広く内外の後代の詩人・小説家たちに優れた影響力を及ぼしていることを綴ったものである.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 谷崎潤一郎 / 春琴抄
盲目についての一考察,
日本ハーディ協会ニュース, No.35, 4-5, 1994年.- (要約)
- 本エッセイは,谷崎潤一郎がHardyの''Barbara of the House of Grebe"をヒントとして『春琴抄』を書いたとされていることについて,春琴の盲目のモチーフがなぜ生まれたのかを疑問とし,それがHardyのその作品において重要と考えられる視覚の問題と関わっているのではないかと考えた.Hardyのその作品に視覚に関わる言葉や表現を指摘し,二つの作品に窺うことのできる影響関係を示唆した.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / グリーブ家のバーバラ / 谷崎潤一郎 / 春琴抄 / 盲目
- 総説・解説
- 宮崎 隆義 :
土屋倭子『トマス・ハーディの文学と二人の妻』,
日本ハーディ協会会報, No.44, 192-199, 2018年9月.- (キーワード)
- トマス·ハーディ (Thomas Hardy) / 書評
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 113611
(徳島大学機関リポジトリ: 113611) - 講演・発表
- 古屋 S. 玲, 齋藤 隆仁, 井戸 慶治, 宮崎 隆義, 饗場 和彦, 三好 德和, 荒木 秀夫, 日野出 大輔, 吉本 勝彦, 佐々木 奈三江 :
徳島大学における「大学入門講座・読書レポート2014」の試み:読書からアカデミック・ライティングへ-,
平成26年度 FD推進プログラム 大学教育カンファレンス in 徳島, 2014年12月. 古屋 S. 玲, 齊藤 隆仁, 井戸 慶治, 宮崎 隆義, 饗場 和彦, 三好 德和, 荒木 秀夫, 日野出 大輔, 佐々木 奈三江 :
徳島大学における「大学入門講座・読書レポート2014」の試み, --- 読書からアカデミック・ライティングへ ---,
平成26年度全学FD 徳島大学教育カンファレンスin徳島, 14-15, 2014年12月.- (キーワード)
- 大学入門講座 / 読書レポート / 新入生 / 附属図書館
徳島公園(徳島中央公園)の設計理念にみられる城山の自然保護について,
第129回徳島生物学会, 2012年12月.- (要約)
- 徳島中央公園は明治39年(1906)に旧徳島藩主の居城跡に「徳島公園」として開設された我が国で二番目の西洋風近代公園であり,市の中心部に位置する総合公園として多くの人々に利用され親しまれてきた.徳島公園について設計の詳細に踏込んだ研究はこれまで行われてこなかったが,それは設立前後の公園の設計図や図面が残っていないことによる.演者らは明治38年(1905)の新聞紙上に徳島公園の設計図やその解説が掲載されていることを見いだし,それに基づいて徳島公園設計の意図や理念を探った. 徳島公園の設計を担当したのは,我が国初の西洋風近代公園として作られた日比谷公園の設計を担当した本多静六と弟子の本郷高徳である.日比谷公園には,ドイツの公園の設計図集である``Gärtnerisches Planzeichnen''から3枚の図が取り入れられてるが,徳島公園においても同書のザイファースドルフ城との共通点が見つかった. また,林学者であった本多は,城山について「天然林として甚貴重すべきもの」とその価値を認め,「林木の伐採は道路の開鑿及び眺望を得るための他は之を避け」と述べているように,本丸跡の招魂碑と東二の丸跡の喫茶店の他に建築物は設けなかった.さらに彼は「徳島公園は公園としての資質を備ふる点に於て蓋し日本の各公園中第一位」と述べ,その理由を三つ挙げているが,いずれも城山に関係している.第一点は,市の中心に位置していながら,独立山丘を持つことであり,多くの公園が山を得るために場所が市街地から離れざるを得ないが,徳島公園は市の中心部に城山があり,それを含めて公園とする充分な敷地があったことである.第二点は,城山の天然林を有することで,この林相は10年や20年では形成されないものであり,各地の公園が園内に森林を造ろうと汲々としているが,人の力ではどうにもならないことである.第三点は,山水の勝に恵まれていることであり,園内に山とその森林を有している上に,助任川,寺島川の水脈に囲まれ,かつ海を臨んでいることである. 公園が開設されて100年以上経ち,このような本多の考えは忘れられて久しいが,幸いなことに城山の貴重な自然を保護する取り組みは受け継がれてきた.設計者の理念を理解することにより,その価値を再確認する助けとなれば幸いである.
『阿波名所図会』以降の史料に基づく徳島のシンボル眉山の植生景観史,
地域科学研究フォーラム, 2012年6月. 佐藤 征弥, 池幡 佳織, 浮田 健太郎, 王 艶, 大粟 美菜, 駕田 啓一郎, 加藤 潤, 木下 悠亮, 杉本 多余, 高橋 将央, 田嶋 孝裕, 原田 克哉, 福本 孝博, 藤永 真大, 藤本 彩, 光永 雅子, 渡邊 ゆいか, 境 泉洋, 宮崎 隆義 :
『阿波名所図会』及びそれ以降の史料からわかる眉山の景観の変遷,
第127回徳島生物学会, 2011年12月.- (要約)
- 『阿波名所図会』は,江戸時代後期に庶民の間で旅行ブームが興った時期に作られた阿波の名所を紹介したガイドブックである.同書巻頭の附言に「文化辛未之歳中冬」とあることから,文化8年(1811)に作成されたことが分かり,今年はちょうど200年目にあたる.本研究は『阿波名所図会』において眉山の景観や自然がどのように描かれているか分析するとともに,それ以降現在までの変化についても他の資料を基に調査した. 『阿波名所図会』において眉山が描かれた挿絵には,山中の樹木が4種類に描き分けられている.最も目立つのは,山中に生い茂っている松である.次に,松とは異なる針葉樹が多数描かれているが,これと同じ樹は同書にしばしば登場し,挿絵「舎心山太龍寺」では山中にこの樹が優占している.太龍寺の境内は現在,杉や檜の古木で覆われており,『阿波名所図会』においても杉または檜を描いていると考えられる.江戸時代に作成された別の史料『四国偏礼霊場記』や『四国遍札名所図会』との比較からも杉・檜であることが支持される.他の2種類の樹木は広葉樹であり,形態的特徴から樹種を特定することは難しいが,他の挿絵や別の史料との比較からそのうちの一つは桜であると考えられる. このような眉山の植生景観は明治期に一変する.大正5年(1916)版の『阿波名勝案内』には,明治維新後に眉山の樹木が伐採されて禿げ山となったことが記されている.その後,大正期から太平洋戦争前の間に作られた古絵葉書「徳島・新町橋」を見ると,再び眉山は木々で覆われている.樹種は判然としないが,広葉樹が主であり,松や杉・檜は目立たたない.また,同時期の別の古絵葉書「新町橋と眉山」では,山腹に白く桜並木が,筋状に延びているのが分かる. 平成16年の『徳島県環境基本計画(資料編)』には現在の眉山は,山地のアカマツ林はほとんど枯れてコナラ林に変わったと記されている.明治維新後の伐採で大きく数を減らした眉山の松は,マツ枯れによりさらにその数を減らしたのである.同資料は眉山の自然植生を,ヤブツバキ域にまとめられる照葉樹林「シイ - タブ林」に含まれる「ミミズバイ - スダジイ群集」に分類している.かつて眉山に広がっていた松林は,人間の影響下で自然植生の代償植生として成立していたものである. このように眉山の植生は,人為的影響やマツ枯れにより時代によって大きく変化してきた.現在は保安林,風致地区,鳥獣保護区に指定され,将来に残すべく保護対策がとられている.
「古びた人々」における技法の問題,
日本ハーディ協会第51回大会, 2008年11月.- (要約)
- 短編集『人生の小さな皮肉』(Life's Little Ironies)に収められた「古びた人びと」(`A Few Crusted Characters')は,短編集『貴婦人の群れ』(A Group of Noble Dames)と同様のいわゆる枠物語であり,収められている話の数もほぼ10と共通の構成になっている.短編集『人生の皮肉』の中に収められた,いわばもうひとつの短編集という,入れ子細工のような様相を呈しているが,この作品を眺め直すことによって,広く長編小説にまで及ぶハーディの創作の秘密が透けて見えてきそうである.ひとりの帰郷者を軸に,過去に遡りやがてまた物語の現在に戻ってくるはっきりとした円環的な構造に,村の住民たちの悲喜劇が,明白な語り手によってペーソスやユーモアを交えて語られ,それによって過去の人びとが生き生きと我々の時空間に甦ってくる様は,ハーディの,短篇小説家としての技倆を余すことなく示していると考えてよい.「古風な」(crusted)という措辞で表された過去の村人たちが,馬車に乗り合わせた,今の村人たちによって語られることになるが,帰郷者にそうした「古びた人びと」の在りし日の姿を語り聞かせることには,「語り」の問題が関わっていると同時に,古めかしい伝統的な「語り」に即しながらもモダニズムに通ずる要素が垣間見られるように思われる.ひとりひとり語り手を変えながら,ロングパドル(Longpuddle)の人びとを描き出すというところに,ハーディらしい前衛的な試みが窺えると考えてよいかもしれない.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 古びた尾人々 / 時間 / 共感の通路 / 技法 / 語り
「共感の通路」を求めて, --- 『塔上のふたり』に見られる時間のトリック ---,
日本ハーディ協会第48回大会, 2005年11月.- (要約)
- 『塔上の二人』(Two on a Tower)において,コンスタンタイン夫人は,夫への鬱屈した気持ちを持て余しながら,偶然に知り合った10歳年下のスウィジンに関心を抱きやがて彼と結ばれることを願う.森の中にあって人の目には触れぬ,一種の閉ざされた楽園のような世界を作りだしている古い塔の中において,彼女とスウィジンとは歳の差を超えて愛の成就―結婚の実現を願う.しかしながら,「共感の通路」を求め合うその二人に対して,様々な「時間」のトリックが二人のその意図を挫こうとするのである.コンスタンタイン夫人の夫ブラント卿の死亡時期と秘密結婚の時期のずれ,遺書という過去からの束縛,年齢の差など,この作品には「時間」に関わる要素が様々にトリックのように働いて,やがては悲劇的な末路へとコンスタンタイン夫人を導いてゆく.現在という時間に存在しながらも過去に支配された二人は,いわば二重性を帯びた人間存在として,悲劇に至る過程を例証しているかのようである.宇宙の悠久な時間の流れに対し,いかにも矮小化された人間の時間の流れ,そしてその時間の対比によって冷徹に描かれた,年下の若いアドニスのようなスウィジンとの再会に,ショック死を迎える老醜を帯び始めたコンスタンタイン夫人の姿は,現在という時間の中に過去を内在化させている人間の二重性がもたらす悲劇のひとつの様相かもしれない.森の中に屹立する塔は,広大で凄みを帯びた宇宙に対して,卑小な人間の営みに流れるはかない希求を,その内部のらせん空間がイメージを与えているように,どこまでも表しているように思われる.そうした観点に基づき口頭発表を行った.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 塔上のふたり / 時間 / 共感の通路 / トリック / らせん
理想の女性像を求めて, --- HardyのThe Well-Belovedと谷崎の『痴人の愛』 ---,
日本比較文学会第40回記念関西大会, 2004年11月.- (要約)
- 谷崎潤一郎の『春琴抄』がThomas Hardyの'Barbara of the House of Grebe'をヒントとして書かれたことは知られているが,驕慢な春琴の外面的な美を,佐助が自ら目を潰し盲目となることによって,闇の世界に永遠化したことを考えると,理想の女性,永遠の女性という点で,Hardyと谷崎との共通性がもう少し見えてくるかもしれない.Hardyの作品の中でもプラトン的なアイデアリズムが色濃く表れているThe Well-Belovedにおいて,彫刻家Pierstonは,自分の加齢を顧みることもなく愚のままに理想の女の幻"the well-beloved"を,3代にわたるAviceに求める.その姿は,ナオミを理想の女に仕立て上げようとしながらもやがて翻弄され支配されてゆく痴人譲治の姿を思い起こさせるといってもよいだろう.The Well-BelovedのAvice像と『痴人の愛』のナオミ像を比較検討しながら,Hardyと谷崎に見られる男女の繋がりの問題を考察した.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 恋の霊 / 美 / 共感の通路 / 谷崎 潤一郎 / 痴人の愛
The Return of the Native における「故郷喪失」と「時」について,
日本英文学会中国四国支部第39回大会, 1986年10月.- (要約)
- 本発表は,HardyのThe Return of the Nativeについて,都会を捨てて故郷に戻ってくる主人公と故郷から都会に逃れたいと願う娘との恋愛と結婚,そして悲劇的な結末に,冒頭から大きな存在として登場している故郷そのものEgdon Heathが,象徴的な意味をたたえて関わっているのではないかと考察した.主人公と故郷との関係,主人公の妻となる娘と故郷との関係に見られる齟齬が,人間の土地に対する帰属意識の問題と時間の意識に関わる問題であると論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 帰郷 / 都会 / 田舎 / 時間
"The Waiting Supper"考, --- 語りの手法と時間について ---,
日本英文学会中国四国支部第37回大会, 1984年10月.- (要約)
- 本発表は,Hardyの短編小説"The Waiting Supper"について,主人公の地主の娘と,二人の対照的な若者との三角関係に,都会と田舎の抗争を重ねて,地主の娘の心理を分析すると同時に,30余年を経ての主人公の行く末に着目し,ハーディの時間に対する意識を探ろうとした.本発表は,主に語りの手法や時間の扱い方を中心とする技法的側面からの解釈を試み,更に短篇としての作品評価をも試みた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 主を待つ晩餐 / 都会 / 田舎 / 時間
- 研究会・報告書
- 宮崎 隆義, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
モラエスの庭, --- 徳島の自然・人・心 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.2, No.0, 91-93, 2012年12月.- (キーワード)
- モラエス / 成果報告 / 創生研究プロジェクト / モラエス研究 / 徳島 (Tokushima)
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 105946
(徳島大学機関リポジトリ: 105946) 宮崎 隆義 :
文学研究とインターネットの世界,
広報, Vol.14, 23-25, 2007年12月. 宮崎 隆義, 石川 榮作, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
平成28年度徳島大学総合科学部部局長裁量経費 総合科学部創生研究プロジェクト実践報告, --- モラエス顕彰による地方創生プロジェクト ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.7, 16-20, 徳島, 2017年12月.- (要約)
- 2016年4月から2017年3月にかけての徳島大学総合科学モラエス研究会の活動を記す.まず,研究会の例会を9回開き,モラエス著『日本精神』をテキストに用いた読書会を行った.また,モラエス研究の成果として論集を発行した他,論文や報告書等を発表した.さらに行事として,2016年5月30日にモラエス誕生日を祝う行事を,2016年9月17日にポルトガルファド講座2016「ファドとアマリア・ロドリゲス」を,2016年10月15日に『恋の浮島』講演会と映像研究会を開催した.
- (キーワード)
- モラエス / 成果報告 / 創生研究プロジェクト / モラエス研究会
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 110987
(徳島大学機関リポジトリ: 110987) 宮崎 隆義, 石川 榮作, 佐藤 征弥, 境 泉洋 :
グローバリズムとモラエス, --- モラエスが世界に広げた〈徳島の自然・人・心〉の再構築 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.6, No.0, 26-29, 徳島, 2016年12月.- (要約)
- This report is a record of the social action activities in 2015 of W. de Moraes financed by the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Tokushima University. Moraes's Studies Group, launched on July 31, 2010, the members of which are Takayoshi Miyazaki (English Literature, Comparative Literature), Eisaku Ishikawa (German Literature, Comparative Literature), Masaya Satoh (Plant Physiology), Mtohiro Sakai (Clinical Psychology), all at the Institute of Socio-Arts and Sciences, Tokushima University, has been continuing analytical research on Moraes's works and trying to open new facets of Moraes's biographical aspects, including the social action activities of organizing exhibitions and lectures on Moraes with other groups in Tokushima. As the basic activities, we have been organizing regular meetings every month or every two months, and have read Moraes's O Bon-odori em Tokushima, Ó-Yoné e Ko-Haru, and we are now reading Relance da Alma Japonesa. Our activities are further developing with the cooperation with other local groups in Tokushima, Kobe, Osaka and Tokyo; and also gaining connections with Portugal, after visiting Leiria, Coimbra and Lisbon in Portugal in March 2015.
- (キーワード)
- モラエス / 成果報告 / 創生研究プロジェクト / モラエス研究 / グローバリズム / 徳島 / 平成27年度報告
2015ポルトガル訪問記,
「モラエス顕彰による地方創生プロジェクト」論集, No.2, 3-14, 2016年3月.- (要約)
- 2014年3月に徳島大学総合科学部から国際交流に関わる助成を得て,モラエス研究会のメンバーのうち宮崎と佐藤の2名が,ポルトガルを訪問した.短い期間ではあったがレイリア市でIPレイリアとの交流打ち合わせやモラエス研究会の活動報告を行い,リスボンではモラエス協会会長ご夫妻やイングリッド・マルティンス女史と交流,モラエス生家の訪問など様々な活動を行った.
- (キーワード)
- モラエス / ポルトガル / モラエス研究会
グローバリズムとモラエス, --- モラエスが世界に広げた〈徳島の自然・人・心〉の再構築 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.5, No.0, 42-45, 徳島, 2015年12月.- (要約)
- 平成23年度徳島大学総合科学部学部長裁量経費 総合科学部創生研究プロジェクトの成果を報告した.例会である読書会の開催の他,徳間大学ガレリアでのモラエス展示,住友美代子氏による朗読会の開催,藤原正彦氏による講演会「モラエス,父,私」を共催した.
- (キーワード)
- モラエス / 成果報告 / 創生研究プロジェクト / モラエス研究 / グローバリズム / 徳島
グローバリズムとモラエス, --- モラエスが世界に広げた〈徳島の自然・人・心〉の再構築 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.4, No.0, 64-67, 徳島, 2014年12月.- (要約)
- 平成23年度徳島大学総合科学部学部長裁量経費 総合科学部創生研究プロジェクトの成果を報告した.例会である読書会の開催の他,神戸三宮周辺での調査資料見学ツアーを開催した.
- (キーワード)
- モラエス / 成果報告 / 創生研究プロジェクト / モラエス研究 / 徳島 (Tokushima)
モラエスの庭, --- 徳島の自然・人・心 ---,
徳島大学地域科学研究, Vol.3, No.0, 140-142, 徳島, 2013年12月.- (キーワード)
- モラエス / 成果報告 / 創生研究プロジェクト / モラエス研究 / 徳島 (Tokushima)
- (徳島大学機関リポジトリ)
- ● Metadata: 106421
(徳島大学機関リポジトリ: 106421) 宮崎 隆義 :
トマス・ハーディの作品における時間と二重性の自己の問題,
平成15年度∼平成17年度科学研究費補助金(基盤研究(C))研究成果報告書, 1-121, 徳島, 2006年5月.- (要約)
- 本報告は,平成15年度∼平成17年度科学研究費補助金(基盤研究(C))による研究の成果報告書である.トマス・ハーディの作品に見られる時間の問題について,特に作品の主人公たちの時間に関わる意識について分析し,人物相互の時間の意識のずれが悲劇的な結末を導いてゆく要因の一つとなっている点に着目して研究を重ねた.時間の経過とともに変容してゆかざるを得ない人間と,他者との関わり,繋がりというものを「共感の通路」として,作品の分析の視点を明確に示しながら,長編小説へのひとつの切り口として,報告書では主として短篇小説の分析をおこなった.長編小説の継続的な研究の,補完的な研究の成果の一部としてまとめたものである.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 時間 / 二重性 / 自己 / 空間 / 短篇小説
「鏡」のイメージと象徴についての文化史的研究, --- 文学の中に現れた「鏡」のイメージと象徴 ---,
教育研究学内特別経費による研究報告書 平成7年度, 28-32, 徳島, 1996年6月.- (キーワード)
- 鏡 / イメージ / 象徴 / 痴人の愛 / 空間
アトリエの空間, --- 谷崎潤一郎『痴人の愛』とハーディ『恋の霊』 ---,
教育研究学内特別経費による研究報告書 平成6年度, 30-37, 徳島, 1995年6月.- (要約)
- 本報告は,報告の一部としながらも,実質的には論文の形により研究の成果をまとめたものである.谷崎の『知人の愛』とHardyのThe Well-Beloved(『恋の霊』)についての比較文学的考察であり,両作品に見られる男女の恋愛の場として形成される秘められ閉ざされた空間に着目し,それが両作品に登場するアトリエに象徴されているのではないかと捉え,両者に共通する恋愛の本質の描き方を考察した.前者のつながっていない二人の部屋と後者の結ばれぬ二人の関係には,共に近接愛の形象化がその根底に潜んでいるのではないかと論じた.
- (キーワード)
- トマス ハーディ / 恋の霊 / 谷崎潤一郎 / 痴人の愛 / 空間
- 特許
- 研究者総覧に該当データはありませんでした。
- 作品
- 研究者総覧に該当データはありませんでした。
- 補助金・競争的資金
- トマス・ハーディの短篇小説における近代性と語りの技法及び文体の研究 (研究課題/領域番号: 22520248 )
トマス・ハーディの作品における時間と二重性の自己の問題 (研究課題/領域番号: 15520185 )
研究者番号(80157627)による検索
- その他
- 研究者総覧に該当データはありませんでした。
2024年11月25日更新
- 専門分野・研究分野
- 英文学 (English Literature)
- 所属学会・所属協会
- 徳島大学英語英文学会
中国四国支部
日本ハーディ協会
日本ジョージ·エリオット協会
谷崎潤一郎研究会
日英·英語教育学会
日本比較文学会
広島大学英文学会
日本英文学会
The George Eliot Fellowship
ディケンズ・フェロウシップ日本支部
The Thomas Hardy Society - 委員歴・役員歴
- 徳島大学英語英文学会 (会長 [2017年3月〜2020年3月])
中国四国支部 (理事 [1998年10月〜2010年10月], 「中国四国英文学研究」編集委員 [2009年10月〜2013年9月], 「中国四国英文学研究」編集長 [2014年10月〜2016年10月], 理事 [2014年10月〜2017年10月])
日本ハーディ協会 (運営委員 [2015年10月〜], 協会ニュース編集担当 [2018年10月〜2020年10月])
日本比較文学会 (関西支部幹事 [2003年11月〜2015年5月]) - 受賞
- 1996年12月, とくしま県民文芸「文芸評論部門」最優秀賞 (徳島県)
1997年12月, とくしま県民文芸「文芸評論部門」最優秀賞 (徳島県)
1998年1月, 康楽賞 (財団法人 三木康楽会)
1998年5月, 第17回コスモス文学賞「評論部門」 (コスモス文学の会)
1998年12月, とくしま県民文芸「文芸評論部門」最優秀賞 (徳島県)
1999年12月, とくしま県民文芸「文芸評論部門」優秀賞 (徳島県)
2000年12月, とくしま県民文芸「文芸評論部門」最優秀賞 (徳島県)
2000年12月, とくしま県民文芸「小説部門」優秀賞 (徳島県)
2001年12月, とくしま県民文芸「文芸評論部門」最優秀賞 (徳島県)
2002年12月, とくしま県民文芸「文芸評論部門」最優秀賞 (徳島県)
2003年12月, とくしま文学賞「文芸評論部門」優秀賞 (徳島県)
2004年12月, とくしま文学賞「文芸評論部門」優秀賞 (徳島県)
2018年10月, 第5回モラエス賞 (モラエス賞実行委員会) - 活動
- 徳島大学総合科学部モラエス研究会 (代表 [2010年7月〜])
教養部紀要委員会委員 (1984年4月〜1986年3月)
英文概要編集委員会委員 (1985年4月〜1995年3月)
教養部教務委員会委員 (1987年4月〜1989年3月)
入学試験制度研究委員会小委員会委員 (1993年4月〜1994年3月)
学生委員会委員 (1994年4月〜1995年3月)
教務委員会委員 (1994年4月〜1996年3月)
教育用サブシステム運営委員 (1999年4月〜2000年3月)
学生委員会委員 (2002年4月〜2003年3月)
大学院人間·自然環境研究科運営委員会委員 (2002年4月〜2004年3月)
欧米言語文化コース代表 (2003年4月〜2004年3月)
全学共通教育センター授業企画運営部会副部会長 (2003年4月〜2004年3月)
全学共通教育センター運営委員会委員 (2003年4月〜2005年3月)
全学共通教育センター授業企画運営部会部会長 (2004年4月〜2005年3月)
総合科学部全学共通教育協議会委員長 (2004年4月〜2005年3月)
総合科学部地域交流支援室推進員 (2005年4月〜2006年3月)
総合科学部研究推進室委員 (2005年4月〜2006年3月)
総合科学部研究推進室副室長 (2005年4月〜2006年3月)
総合科学部地域交流支援室室長 (2006年4月〜2008年3月)
総合科学部紀要編集委員会委員 (2007年4月〜2009年3月)
総合科学部紀要編集合同委員会代表 (2008年4月〜2009年3月)
総務委員会委員 (2008年4月〜2010年3月)
総合科学部地域交流支援室室長 (2008年6月〜2010年3月)
総務委員会委員長 (2009年4月〜2010年3月)
全学共通教育センター授業研究開発部会副部会長 (2010年4月〜2011年3月)
学生委員会副委員長 (2011年4月〜2012年3月)
全学共通教育センター授業研究開発部会部会長 (2011年4月〜2014年3月)
総合科学部研究推進室室長 (2013年4月〜2015年3月)
総合科学部副学部長,副研究部長,副教育部長 (2013年4月〜2016年3月)
大学院教務入試委員 (2013年4月〜2018年3月)
全学共通教育センター総務広報部会部副部会長 (2014年4月〜2016年3月)
総合科学部地域交流支援室室長 (2015年4月〜2016年3月)
総合科学部広報委員会委員長 (2015年4月〜2016年3月)
教養教育院副院長 (2016年4月〜2018年3月)
教養教育院語学教育センター長 (2016年4月〜2018年3月)
教養教育院総務委員会委員長 (2016年4月〜2018年3月)
教養教育院自己点検評価委員会委員長 (2016年4月〜2018年3月)
徳島大学附属図書館運営委員 (2017年4月〜2018年3月)
副理事(教養教育担当) (2018年4月〜2019年3月)
教養教育院院長 (2018年4月〜2020年3月)
教養教育院語学教育センター長 (2018年4月〜2020年3月)
2024年11月24日更新
2024年11月23日更新
Jグローバル
- Jグローバル最終確認日
- 2024/11/23 01:30
- 氏名(漢字)
- 宮崎 隆義
- 氏名(フリガナ)
- ミヤザキ タカヨシ
- 氏名(英字)
- Miyazaki Takayoshi
- 所属機関
- 徳島大学 教授
リサーチマップ
- researchmap最終確認日
- 2024/11/24 02:10
- 氏名(漢字)
- 宮崎 隆義
- 氏名(フリガナ)
- ミヤザキ タカヨシ
- 氏名(英字)
- Miyazaki Takayoshi
- プロフィール
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 登録日時
- 2010/10/20 00:00
- 更新日時
- 2024/2/26 14:55
- アバター画像URI
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- ハンドル
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- eメール
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- eメール(その他)
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 携帯メール
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 性別
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 没年月日
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 所属ID
- 0344037000
- 所属
- 徳島大学
- 部署
- 大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部
- 職名
- 教授
- 学位
- 文学修士
- 学位授与機関
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- URL
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 科研費研究者番号
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- Google Analytics ID
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- ORCID ID
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- その他の所属ID
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- その他の所属名
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- その他の所属 部署
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- その他の所属 職名
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 最近のエントリー
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- Read会員ID
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 経歴
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 受賞
- Misc
- 論文
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 講演・口頭発表等
- 書籍等出版物
- 研究キーワード
- 研究分野
- 所属学協会
- 担当経験のある科目
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- その他
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- Works
- 特許
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 学歴
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
- 委員歴
- 社会貢献活動
- リサーチマップAPIで取得できませんでした。
2024年11月23日更新
- 研究者番号
- 80157627
- 所属(現在)
- KAKEN APIで取得できませんでした。
- 所属(過去の研究課題
情報に基づく)*注記 - 2012/4/1 – 2014/4/1 : 徳島大学, 大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部, 教授
2010/4/1 – 2011/4/1 : 徳島大学, 大学院・ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部, 教授
2003/4/1 – 2005/4/1 : 徳島大学, 総合科学部, 教授
- 審査区分/研究分野
-
研究代表者
人文社会系 / 人文学 / 文学 / 英米・英語圏文学
人文社会系 / 人文学 / 文学 / ヨーロッパ語系文学
- キーワード
-
研究代表者
トマス・ハーディ / 短編小説 / 語りの技法 / 文体分析 / モダニズム / ポストモダニズム / イメジャリ / 英米文学 / 短篇小説 / Thomas Hardy / 時間 / 二重性 / 自己 / Novels / Duality / Self / Time
研究課題
研究成果
共同研究者